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(荻原) 日本とのかかわりで言うと、どうですか。日本国内に例えば拓本がどれだけあるとか。
(武内) 戦前のものばかりで、少ないですね。ただ、もう原石がなくて拓本しか伝わってないものの一つが日本にあるという噂があります。
(荻原) 日本にあるチベット語文書はどうですか。
(岩尾) 古代に限って言うと少ないですし、いわゆる出土文書に限定されますよね。日本とのかかわりというのは難しいんだよね、チベットは。
(武内) でもチベットは、チベットファンが結構いらっしゃるじゃないですか。だから、イメージとしては、いろいろ理解が得られそうなんですが。
(岩尾) 確かに一定のチベットファンというのがいる。ただ、チベットといってもヒマラヤが好きという人たちと、中国との関係で政治的な興味で入ってくる人たち、そしてチベット仏教に興味がある人たち。みんな毛色が違う。でも僕がやってるチベットは、仏教文化が根付く前の話だから、ちょっと違うわけですよね。だから、講演なんかで話してても「全然イメージが違った」とか「そういうことじゃなくってチベット仏教はどうですか」みたいな。
(一同) (笑)
(岩尾) トカラはどうですか。
(荻原) 難しいですね。トカラ語の内、トカラ語B は、古代クチャ国の言語だったんだけど、古代クチャ国の出身者で一番有名なのがクマーラジーバ4 という(笑)。でも、クマーラジーバはトカラ語の資料には出てこないんで。
(岩尾) 特に中央アジアは、その後トルコ化・イスラム化したからね。残ってないからね。
(荻原) 消滅してしまった文化って、興味を抱きにくいというのがあって。契丹もそうじゃないですか。
(武内) そうですね。耶律阿保機5 という名前を覚えていればいいかなという。
(一同) (笑)
(荻原) われわれの分野だと、現代日本とのつながりといわれても、説得力を持つかたちでは表明しにくいというのが実際だと思う。
(岩尾) 僕は、たとえ今はなくなったものでも、同じような人間が生きていたということを講演とかで強調するんですよね。そうすると共感してもらえる。ある歴史学者の言によると、歴史で何が大事かというと、共感だというんですね。600 万年人類の歴史があって、文字資料が残っている歴史はもっと短いですけど、その中でも人間の営みというのはずっと一緒だったということを共感する。だけど、違うところもある。何で違うのかというところを知るのが歴史だという話。
(金) 歴史の共感をピンポイントで提供していくことが現代とのつながりと思うんですよね。例えば、埴輪とか銅鐸のゆるキャラがいるというのも一つの形かと思いますし。ただ、そこを逆に追及していくと、例えばナショナリズムとかに歪められてしまうので、気をつけていかないといけないかなと。
(岩尾) 過去をやるうえで、それが一番大事ですよね。
(金) 現地で歴史的な何かを明らかにしたときに、現地の人たちがそこに抱く思いと、いわゆる客観的な歴史とが、どう結びついて、どう変容するのかというのはややこしい問題だなと思いますね。
(岩尾) 確かにそれはそうですよね。現在からは未来と過去が見えないから、どうしてもその時代の投影が出る。例えばチベット人が考える過去というのは完全に仏教世界なんですよね。ソンツェン・ガンポ6 という偉い王様は観音様の生まれ変わりとチベット人は考える。だけど、歴史家から見ると全然違うんですよね。ただ、科学としてのチベット史と、チベット人が考える仏教的なチベット史が並行していて、うまく融合されてたりする。人類が始まって600 万年、氷河期が終わって何万年、このぐらいに仏教国のチベットができてという感じでつながってるんですよ。違和感なく。さっき共感という話をしたけど、このチベット人の歴史観に共感しすぎると難しくなる。
(金) そうですね、共感からさらにいきすぎてしまうと危ない。歴史的な部分にかかわってる学問の場合、とにかく何とか人の役に立たなきゃとというのとは全然違う次元の悩みがあるような気がします。
(岩尾) バランスが大切だよね。言語学も実はそういうところありますよね?
(武内) うーん(笑)。
(岩尾) だって、印欧語のインド・ゲルマンとか。
(武内) あれはナショナリズムに利用された例ですよね。
(岩尾) 科学的に見えて、逆に使いやすいみたいな。今でもあるじゃん、日本人とチベット人、日本人と何々人。
(荻原) タミル人とか。
(一同) (笑)
(岩尾) あれは似非言語学でしょ。そういうので使いやすいといえば使いやすいよね。
(金) 何とでも利用されますね、本当に。
(岩尾) 契丹だってあり得るよね?
(武内) 一部の研究者が今のダグール人(中国・内モンゴル自治区に居住するモンゴル系民族)が契丹の後裔だと言うのですが、そのことが観光などに利用されているという話を聞いたことがありますね。
(司会) 研究は地味でも、お話は面白くて安心しました。そろそろ時間になりましたので、このあたりで。ありがとうございました。