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(岩尾) いろいろ研究するとして、どのように研究テーマを決めていくかは、結局は現在のわれわれの関心と関係すると思うんだけど、どこに「出口」を探していくかは、どうですか。細かいことをやってて、この先どうすんだ、これ、みたいな(笑)。ほかの分野の人と協力するとか、こういうところで喋る時に、共通の問題意識のようなものを探すわけじゃないですか。みんな、どうしてるの?荻原さんとは昔から知り合いなんだけど、でも、どうしてトカラなの?
(荻原) いや、もともと私は漢訳仏典がやりたくて。
(岩尾) 全然違うやん。
(荻原) そう。中国語が専門の学部で、漢訳仏典の言語学的な研究がしたいと。そう考えてるうちに、漢訳仏典を研究するには、原典を知らないといけない。でもサンスクリットの、例えば玄奘(三蔵法師)が持ってきた原典はないでしょ。
(岩尾) ガンダーラとかには行かなかったの?
(荻原) その時はちょうどガンダーラ語の新資料が出てくる直前だったから、そこには行けなかった。調べていくと、一番わかってないのがトカラ語だったので、将来性があるとか何も考えずに興味をもって。面白いなと思ってやってるうちに、ある程度の段階になると、なぜやってる人間が少ないかわかる瞬間がくる。
(一同) (笑)
(金) 考古学だと、博物館に行って埴輪が面白い顔をしてるから埴輪やってみようかな、みたいな。それでやってるうちに問題意識がもともと先にあったみたいになってくるんですよね。僕の場合は、ドラゴンクエストで出てきた「はがねのつるぎ」を研究してみようっていう感じでした。
(一同) (笑)
(岩尾) 僕はもともとインドのことをやりたかったんだけど、だんだんチベットにいって、敦煌学にいって、いつのまにかチベットからアジアをみるようになった。
(金) やってるうちに、こっちに派生したこの問題も面白いぞ、みたいになってくるんですよね。
(岩尾) そうそう、まさにそれ。武内さんは決め打ち?
(武内) いや、僕は昔から不思議なものが全体的に好きなんですよね。それで大学にきて、京大言語で文献言語学というのがあると。そうこうしているうちにこうなっちゃったという感じですけど。
(岩尾) 読めないものといえば西夏文字1、契丹文字、女真文字2 もあるし、もっと西のほういけば他にもあるじゃないですか。何で契丹文字にしたんですか。
(武内) 契丹が一番読めないからですよ(笑)。
(岩尾) 女真もそこそこ読めないんじゃないですか。
(武内) 女真は辞書が出てますね。でも、女真は契丹よりも資料の数の面ではきついです。
(岩尾) じゃあ、契丹のほうがまだ先があるみたいな。
(武内) そこまで考えてなかったですけどね。
(一同) (笑)
(武内) 作業していて、ある文字について発音や意味がわかるとか、それだけで楽しいんですけど、さらに背後の言語に関する部分が何かわかったりすることがあるんですよね。そういう時に、その文法現象について調べて論文を書いたりとか。
(岩尾) じゃあ、「出口」というか、現代的な意味とかはそこまで考えていない?
(武内) 技術の話にいっちゃいますけど、今テキストを全部電子化して検索できるようにしようとしてます。これができると、研究するには非常に便利になりますし。ただ、文字自体がまだ整理されていないし、表意文字である契丹大字(きったんだいじ)だと1000 文字以上文字があるので、電子化するのも大変ではあるんですけどね。どうですか、電子化して利用するというのは?チベットもあるんですよね。
(岩尾) チベットは今、日本が中心になってやってますよ。
(金) あると飛躍的に違うものですか。
(岩尾) 全然違いますね、データベースは。まさに言語学の手法で、KWIC(クウィック:keyword in context の略)というやつですよね。単語を検索すると文脈つきで結果がでてくる。たとえば、古いチベット語の場合、中世のチベット語と単語は同じだけど意味が上書きされてるというのが結構あって。そういうものが、検索して文脈からわかるようになる。
(金) 今まさにデータベースがどんどん構築されているということは、そこからいろいろな分野に一気に展開していくという、まさにそのタイミングなんですかね。
(岩尾) 多分そうだと思います。特にチベットに対してはそうですよね。トカラも結構やってるんだよね?
(荻原) やってますね。ただ、前提として、ちゃんと写本が読めるというのが必要だよね。
(一同) (笑)
(金) 一朝一夕にはできないということですよね。
(荻原) あと、データベースに頼りすぎてしまうのもいけない。検索結果の前後しか見ないのはダメで、文献全体として把握しないといけない。
(岩尾) 実は中国語学もそういうとこがあって。たとえば、特に伝統的なものを読むときには、儒教の経典を下敷きにしているテキストがある。経典をちゃんと読んでたらすぐ出典がわかるんだけど、今は全部データベース化されてるから、字句がすこしかえてあると、検索してもわからなくなる。
(荻原) バランスですよね。経験も必要だし。使えるツールがあればそれも使うべきだし。
(金) アナログな部分というのが前提になって初めてデジタルをフル活用できるということになるんですね。
(荻原) 経験が重要だと思う、自分は。
(岩尾) それをどうやって積んでいくかが問題。特に、今はどんどん論文を出さないといけない時代じゃないですか。昔みたいに3 年に1 回論文書いたらいいというレベルじゃないから。どうやってバランスをとるかですよね。経験を積んでないと論文を書けないんだから。
(荻原) それはほら、ある文献言語の研究をするために必要な知識を蓄えてからやるか、研究しながら積んでいくかというのと似てるところがあるでしょ?
(岩尾) その辺のバランスをどうしたらいいんやろう。僕らは何とか生き残って、これからダメになるかもしらんけど(笑)、とりあえずここまできた。この次の世代からはどうするのがよいのかなとは思う。
(荻原) 次の世代ね。そもそも次の世代を見つけないと。
(一同) (笑)
(荻原) それこそ、僕らの学問が現代的な意味でどういう価値を持ってるかという問題があるから。
(金) 社会の雰囲気も変わってきてますもんね。そんな中であえてここに飛び込んでくる人をいかにつかまえるかという話ですよね。
(荻原) 考古学、どうですか。イメージだと、どちらかというと年配の方に人気がある。
(一同) (笑)
(金) そうなんですよ。これ、何十年かして人気を支えていた年配の方々がお亡くなりになったら、考古学は大打撃をこうむるのではないかと。例えば発掘調査をして、調査の現地説明会というのをやるんですけど、それで呼んだら、年配の方ばかりで若者はほとんど来ないですね。それこそ何かポケモンGO みたいな感じの、
(一同) (笑)
(金) あそこに行けば必ず手に入る土器をみんなで取りに行こうぜみたいな、そういうのを誰か作ってくれないかなと思ってるんですけど。
(荻原) トカラ語は、印欧語比較言語学の一つの部門になっていて、最近英語の辞書が出版された事と、研究の全体像が把握しやすくなってきた事もあって、増えてますよね。
(岩尾) 増えてるんだ(笑)。
(荻原) ここ15 年ぐらいで若い人が増えてますね。ただ、トカラ語を利用して印欧語比較言語学をやりたいということなんで、文献言語学的にはどうかな。論文書くまでに一定期間修業が要るじゃないですか、文献研究って。それに耐えられるかということですよね。多分チベットも同じだと思うんですけど、モノを読んで分析できるまでになるには素養が要るでしょ。契丹なんか特に。
(武内) 契丹は今後、学術的にはですけれど、盛り上がっていきそうな流れではありますけどね。
(荻原) 資料が増えているからですか。
(武内) 資料もありますし、これまで中国の研究者が一番多かったのですけど、最近は欧米の研究者も入ってきたりしてて。歴史学の人も、以前は漢文資料だけであったのが、契丹文字の墓誌から歴史を読むというのを始めてる人が出てきているので。
(荻原) 新しい段階がきつつあるという状況ですね。
(武内) そういう意味では盛り上がってきそうではあるんですけどね、学術的に。ただ、一般的に社会でどうかというと。
(一同) (笑)
(司会) 『シュトヘル』3 の中にも契丹文字が出てきませんでした?
(荻原) あれ、西夏じゃなかったでしたっけ?
(司会) 基本的に西夏ですけど、ちょこっと出てませんでしたっけ?
(荻原) 私、読んでない(笑)。
(一同) (笑)