| ENGLISH |
(司会) 最後に、何か興味持たれているこだわりの元素とか化学反応とか、あれば教えてください。
(齊藤) 僕の興味はやっぱり RNA なんですけど、リボソームっていう分子は、 RNA とたんぱく質からできてて、どんな生物でも生きてくのに絶対必要な、 RNA の遺伝暗号の情報に基づいて、ペプチド結合生成反応を触媒してタンパク質を作り出します。つまり RNA からタンパク質をつくる、生命起源における最も大事な分子の一つと思うんですけど、全然違う分子を基にこういう化学反応を触媒できたらちょっと興奮します。リボソームの結晶構造は解けて、 リボソームの形と反応機構のメカニズムがわかってきてはいるんだけれども、 もし違うアプローチでそういう化学反応系を自由に作ることができたら、全然違う遺伝暗号系が作れる。全然違う配列に基づいて違うたんぱく質を作れることになるから、そういう仕組みができたら面白いかなって思ってます。
(司会) 江波さんもありますか。
(江波) 好きな元素は、ヨウ素ですかね。
(村上) 渋いな。(笑)。
(江波) 学生のときに、気相の話なんですけど、CH3I と Cl 原子の反応で Cl 原子がIにくっつくっていう、いわゆる錯体を作ったんです。CH3I-Cl っていう(図1)。それの吸収スペクトルを僕が初めて取ったんです、世界で。(一同)(笑)
図1 CH3I-Cl 錯体の構造塩素原子とヨウ化メチルの気相反応で短寿命な CH3I-Cl 錯体ができる。その他のヨウ化アルキルやヨードベンゼンなどでも同様の錯体ができる。
(江波) それで好きなんです(笑)。結構、 結合が強くて、常温でも見える。見えるっていっても数ミリ秒しか存在しないけど。CH3I って海から出てるんですよ。Cl 原子も、海塩粒子から Cl2 が出ていて、それに光が当たってできるんですよ。で、本当にその CH3I-Cl 錯体が、海の上で瞬間的にできるんですよね。 けど不安定なんで CH3I と Cl 原子にすぐ戻るんですよね。戻るパスと、Cl 原子がH原子を引き抜くパスの両方が起きるので、トータルで見たら大気化学的にはほとんど重要じゃない錯体なんですけど、「実は海の上でちょっとだけでも出来ている」っていうのに僕はテンション上がったんですよね(笑)。とにかくその吸収スペクトルを初めて発見して、結合エネルギーも求めたので。
(村上) 僕はやっぱりね、初めてやった反応がこだわりですね。やっぱり。どうしてもそうなっちゃう。
(江波) そうなんだよね、やっぱり。世界で初めてっていうのは。
(セドリック) 一緒、一緒。
(村上) うれしいよね。
(江波) 皆さんの「世界で初めて」を簡単に教えてください(笑)。
(村上) カルボメタル化(図2)っていう、 多分有機やってる人もピンとこないぐらいの反応なんですけど。(一同)(笑)
図 2 カルボメタル化三重結合に対して、有機金属化合物が付加することで、様々な二重結合(アルケン)を選択的に構築できる。この反応を用いることで一挙に二重結合を持つ医薬品や機能性材料を作ることができる。過去にはタモキシフェン(乳ガン治療薬)が本手法により合成されている。
(村上) 三重結合に、カチャッとものがくっついて二重結合になる反応なんです。二重結合ってこういう形のもの(オレフィン、図2)なんですけれども、 四個のものをつけれるんですね。これの四個のつき方って、一個一個違うのとか、ここは二つ一緒でここは違うとか、いろんな可能性があるので、それを精密に作るって意外と難しい。つまりこれを、この絵のように ABCD が入ったものをいかに狙って、欲しいものを作るかっていうのは非常に難しいんです。教科書で習う反応として、例えばウィッティヒ反応5という二重結合を作る有名な反応があります。またメタセシス6というグラブス先生の業績が二重結合を作る有名なものです。この両方がノーベル賞を取っている反応なのですが、それでも二重結合をもつもの全てを自在に作るのは難しい。いろんなものを作るためにはまだまだ新しい方法が必要なんです。なので、僕のやつは今話した二つの反応とは異なる組み立て方になります。つまり、ここで切るっていう話で、アルキンっていう三重結合をもつものに、この二つのパーツをくっつけて、二重結合を作るっていうのがあって。
(江波) アルキンに、何か二つのものを近づけさせて…
(村上) 金属ですね。くっつける。
(江波) 二重結合にして。
(村上) はい、二重結合にして。これを使うと例えばタモキシフェンという、乳がんの治療薬がまさにこの骨格を持っているんですが(そのとき作ってないですけど)、これまでよりもずっと簡単に作れるよというような研究ですね。簡便に精密にものが作れるので、 新たな治療薬の開発などにも役に立つ可能性があると思います。
(江波) これ、何反応っていう?
(村上) カルボメタル化です。
(江波) こういうのみんな持ってる、絶対。
(セドリック) 多分初めての鉄酸化物における平面四配位構造。鉄は一般に八面体か四面体あるいはピラミッド型の構造です。しかしその八面体の上下二つの酸素を取り出すことで、鉄の平面四配位構造を実現しました。
(村上) それ、すごそう。
(江波) もちろん、固体なんですね?
(セドリック) 固体です。
(江波) そんなの取り出せるんですね。
(セドリック) いや、珍しいですね。
(齊藤) 僕は、留学して一番最初に、 フェニルアラニン7 の活性体を作っといて、それを、トランスファー RNA (tRNA) 8っていう RNA に転移する「アミノアシル化反応」を触媒できる人工 RNA 酵素を作ったんですよ。そのとき僕はもともと、生命の起源に興味があって、この RNA の研究をしてたんですが、 その当時のボスは、この技術を拡張すれば非天然アミノ酸やったら tRNA に何でもくっつけられる可能性があるから、これで会社作れるんちゃうかと言ってて。で、僕はピンとこなくて非天然アミノ酸の研究はあんまり興味ないですっていったんですが、その後にボスは実際に会社を作ることになって、会社の名前が、ペプチドを作るから、ペプチドリームにしようというのを聞いて、当時ラボにいたアメリカ人の友達と、その名前はちょっとやばいんちゃうかなと言う話になって。(一同)(笑)
(齊藤) くすくすって感じでその名前を聞いたときは最初みんな苦笑いしてたんですが(すいません)、でも、そのボス ( 菅裕明先生 ) はそのときはニューヨーク州立大にいたんやけど、日本に帰ってきて東大の理学部化学科の教授になって、そのペプチドリームが去年上場して、すごい勢いがあるのをみて、 驚きました。(一同)(笑)
(江波) 出資でもしておけば良かったと。
(齊藤) もうちょっとそっちの方向の研究も頑張っとけばよかったかなと。生命の起源を目指してはじめたアミノアシル化反応の研究がベンチャーにつながるんやって思うと不思議で、とても思い出深いです。(一同)(笑)
(司会) みなさんやっぱりマニアックなこだわりがあるんですね。今回は化学に関する深い話をたくさん聞くことができました。ありがとうございました。
1 ジョン グッドイナフ:アメリカの固体化学者(1922-)。リチウムイオン電池の基礎となる、リチウムコバルト酸化物を発見。
2 マイケル ファラデー:イギリスの化学・物理学者(1791-1867)。電磁誘導を発見し、電磁場の基礎理論を確立した。
3 ヴィクトル グリニャール:フランスの化学者(1871-1935)。1912 年にグリニャール試薬発見の功績でノーベル化学賞を受賞。
4 リポソーム:親水性部分と疎水性部分を持つ分子を利用して作られる複合体で、細胞のように内部に DNA やタンパク質などを含ませることができる。
5 ウィッティヒ反応:アルデヒドやケトンといったカルボニル化合物からアルケンを合成する反応である。Georg Wittig はこの反応を含む新しい有機合成法の開発への多大なる貢献から、1979 年ノーベル化学賞を受賞した。
6 メタセシス:二重結合どうしを自在につなぐ反応であり、高分子化合物や生物活性物質などの合成に多用されている。メタセシスに関する業績により、 Yves Chauvin, Richard Schrock, Robert Grubbs の3名が 2005 年にノーベル化学賞を受賞している。
7 フェニルアラニン:タンパク質を構成する必須アミノ酸の一つ。
8 トランスファー RNA:生体内などでアミノ酸からタンパク質を合成する際に利用される分子の一つ。