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司会 今回どういった経緯で厚労省クラスター対策班に参加されるようになったんですか?
水本 クラスター対策班が立ち上がるということで、西浦先生から電話で招集がかかりました。着信があったので、「これは招集かな」と。僕にとって西浦先生は元ボスですから、ほぼ強制で招集ですね(笑)。2009年の新型インフルエンザ流行時に医系技官として感染症対応していたのもあって、(召集の)心構えはできていました。
古瀬 専門家会議というのがそもそも1月の終わりにできて、だけれど専門家会議の先生方や厚労省の職員の方たちだけでは手の回らないところがあったので、ほかの研究者を集めようとなった。
司会 古瀬さんは、西浦先生の方から?
古瀬 学術会議が2月にタイであって、それに参加していて。帰国したタイミングで、クラスター班にいた国際医療大学の和田教授から、いま日本にいるなら「明日来て」って言われて…。そのとき日帰りだと思って東京に来たんですが、そのまま4ヵ月間も詰めることになっちゃって(笑)。
水本 ちょうど活きのいいのが来た、ということでね。
古瀬 専門家会議のメンバーの半分ぐらいはクラスター対策班に入っていて、その人たちの知り合いが呼ばれたという。
水本 参加メンバーもおのおの、声掛けなんかを受けた有志ですね。
司会 じゃあ、フィックスしたネットワークというよりも、かなり個人的なつながりで結成された感じなんですね。
古瀬 みんな、友達の友達…みたいに名前と顔は知っている。登録している人がいて、有事にその人たちが出向いているというわけではないんです。
水本 いまのところ日本では長崎大学と東北大学が感染症関連では拠点ができていて、それ以外の機関の研究者は単独でやっていることが多い。和田先生もそんな感じですよね。
司会 普段の研究活動や分析と、厚労省の対策班では作業内容はかなり違うんですか?
水本 基本的に、僕はいつもの研究と同じなので、クラスター対策班の仕事は延長線上みたいな感じですね。
古瀬 僕と水本さんは、まあまあシニアな方なので、好きにやらせてもらっていたというか。もうちょっと若い人たちは、上から直接あれこれ指示が来ることもある。
司会 クラスター対策班の仕事で得た情報が、論文のデータとなって研究が進んでいるという感じなんでしょうか?
水本 日本のクラスター班のデータで論文を書くことにはつながってないんですよね。
古瀬 あるにはあるけれども、分野や手法的には使えないものが多い。
水本 クラスター班だけで何かすごいことをやっているわけじゃなくて、動かしているのは医系技官の人たちだったりするわけですよね。
司会 じゃあ、逆に、クラスター班には、どんな基準で人が集められたんでしょうか?
古瀬 人間のデータを扱っているっていうこともあるので、メンバーはまずはコミュニケーションがよくできて、信頼のおける人が必要なわけですよね。あとは疫学と医療現場の両方のバックグラウンドがある方が望ましいこともあります。