シリーズ白眉対談13「言語多様性と国際語」(2018)

言語と思考

(BM)特に面白いのは、何について話すかによって言語が違うことですね
(HK) うですか。私なんか他言語をつかうこともありますけど、日本語的にしか考えないですし、限られた語彙で何とかしてますね。何語を話すときもおなじように聞こえるといわれます
(BM)私にとっては、英語は学術言語なので、いつもちょっと長めの難しい単語を使ってしまう。そうやって英語を学んだものですから。そして日常的なことは広東語で考えます
(HK)言語によって知ってる単語がかわるのはわかりますね
(BM)エスペラントは面白くて、人工言語なんだけど、他の言語ではないようなことまでエスペラントで考えたりしますね
(HK)たとえば
(BM)たとえば、何か考える時、エスペラントは自由なんですよ。母語だと他の言語ではないような概念があるので。たとえば指とか
(TS)指だね!
(BM)たとえば、指は何本ですか ?
(HK)何語で ?
(BM)何語であるかによるけど、指が 20 本あるというのは日本語とかスペイン語、エスペラントでは自然だけど、とても不自然に思える言語もあるわけですよね。さらにエスペラントなら、いくらでも単語を自由に組み合わせてて新語をつくれるわけで
(HK)指について言えば、英語では8本しかないと聞きましたけど、本当ですか*3
(NB)エスペラントだと親指に特別な言い方はないんですか
(TS)二本の大きい指かなあ
(BM)きっと何かあるはずだけど、両親の指とか、だけど英語では何本ですか。10本ですか。8本ですか
(NB)確かに英語では8本だけだね。「指が何本ありますか」という時、笑ってしまうのは、みんなは「指」のことを考えているのに、自分は “finger” を考えているからだよね。文化の違いがよく現れているよね


*3 日本語で「指」といえば、手足をあわせて 20 本ある。しかし英語で “finger” といえば、手の指だけであり、しかも親指は含まれないので 8 本となる。

言語の魅力

(HK)20 年以上前ですけど田中克彦教授が講演会で「どうしてエスペラントははやらないのか」と言って、そして「エスペラントの使用者が魅力的ではないからだ」と答えてましたね*4
(BM)どういう意味で。たとえば、美しいとか(笑)
(HK)美しいとか、魅力的とか、面白いとか、そうしたら他の人たちもエスペラントを学び始めるだろう、と
(BM)田中克彦は正しいですね
(HK)ですから、どうぞみなさん美しく、魅力的で面白い人になってください」と田中克彦は提案したんですよ
(BM)これは面白いですね。というのは、言語の魅力と関係しているから。そもそもどうして人は言語を学ぶのか。アラビア語のような言語は重要だけど、習得は難しい。言語を学ぶのは実社会での利益のためばかりではないですよ。ほら、クリンゴン語*5とかエルフ語*6とか、空想世界の文化や言語そのものに惹かれて学ぶこともある
(NB)エルフ語とかドスラキ語*7だね
(BM)『ゲーム・オブ・スローンズ』ですね。どうして実用的ではない言語を学ぼうとするのか。言語というのはゲームのようなものだと思う。もしもクリンゴン語を学べば、他のクリンゴン語話者と交流したくなるでしょう。この意味で、エスペラントをたくさんの人が学んでいて、人々につながっている。たとえば1980年代の中国はやっと開かれてきたところで、百万人単位の中国人がエスペラントを学び、海外と文通したりしてました。当時は英語はほとんど敵性言語でしたから。だからエスペラントは海外との架け橋として役立ったのです
(HK)そういえば、日本でこの夏にエスペラントが主に使われていて、エスペラントを知らないと先に進めないようなゲーム*8が発売されて、すぐに話題になって、エスペラントの教科書が急に売れはじめたりしました。そのゲームで遊ぶためだけにエスペラントを勉強する人もいるのですね


*4 田中克彦(1934–)。一橋大学名誉教授。社会言語学者。著書に『ことばと国家』(岩波新書、1981 年)、『エスペラント—異端の言語』(岩波新書、2007 年)など。1994 年 10 月の日本エスペラント大会での発言。
*5 クリンゴン語はアメリカのテレビドラマ『スタートレック』の中で使用される人工言語。
*6 エルフ語とは、J.R. R. トールキン(1892–1973)による小説『指輪物語』の中で登場する言語。言語学者でもあったトールキンが作中でエルフが話す言語として自作した。
*7 ドスラキ語はアメリカのテレビドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の中で使用される人工言語。
*8 2017 年 8 月に発売された「ことのはアムリラート」という、いわゆる「百合」(美少女同士が恋愛する)系のゲーム。

言語の規範と論理

(NB)それぞれの文化がそれぞれの文化に根ざした表現をするというのがいいと思うね。だけど、伝達の効率というものも考えてしまう。たとえば「もったいない」といえば、英語に翻訳できないわけではないけど、ちょっと説明的になって長くなる。そうすると直接的なつながりはなくなるよね。でも、それが文化というものだから。エスペラントの教材をみていて思ったのは、エスペラントがいかに簡単であって、語彙を組み合わせて自由に表現できるかということ。全部をちゃんと学んだわけではないけど、想像はつきます。だけど僕たちが言葉を学んで使う時は、むしろ逆で、簡単さとか効率とかは考えないような気がするんだよね
(BM)そうですね
(NB)「こうは言わない」とか「これは間違い」とか、文法といえば間違いばかり指摘してくる
(BM)規範的ですね
(NB)そう、規範的。言語は間違いを指摘されつづけるものなんだよ。言葉とどう向き合っていくかという考え方が、とても違う。僕にとっては、言葉を学ぶというのはいつも話し言葉であって、書き言葉ではないから。僕たちが学ぶ第一言語というのは音声言語なんだよ。何か単語をきいて、それが二つ三つと増えていって、ゲームや夢みたいに、何かを言うのにいくつまで組み合わせられるかを考えてみたりする。だけど学校で言葉を学ぶ時は逆だよね。みんな英語を学ぶために色々とつめこんむんだけど、その中身は文法的に間違いだとか何とかいうものばかりで
(BM)新しい言葉をうまく習得する秘訣はいろいろとあります。エスペラントも一つの選択肢ですね。なぜなら、エスペラントには一定の規則しかなくて、規範的な言い方はないので
(NB)これは文法的、これは非文法的、というのがない?
(HK)もちろんエスペラントにも文法的なことは色々とあるし、700 頁をこえる文法書までありますよ。だけど根幹にあたる文法はザメンホフがさだめたいわゆる十六箇条文法です。それに反しないかぎりは、何をどう表現してもいいですよ
(BM)たとえばインドネシア語なんかは最も簡単な言語だと聞かされましたけど、動詞を勉強すると、少なくとも私にはとてもそうは思えない。エスペラントで面白いのは、論理を尊重しようとしているところですね。新しい単語をどんどん作っても、論理的であるか想定しやすければ他の人にも理解可能なんです
(HK)そう、母語話者の直感というようなものではなくて、論理をいつも尊重するということが重要ですね
(BM)たとえば「箸」みたいな単語は分解して、「食べる・棒・小さい・名詞」みたいにします。でも、それはそれで問題にはなる。なぜなら、どんな言語でも、どんな文化でも、「箸」を使うところでは、専用の短い単語をつかうので。「お箸」だったり「faai3zi2」*9だったり。いくら論理的とはいっても、「食べる・棒・小さい・名詞」と言うのはとても長いので、必ずしも簡単とは言えないでしょう。だからエスペラントの中にも二つの陣営があって、一方は、いわゆる「よい言語」派ですね。つまり、長くても論理的な単語を使おうという一派。もう一方は「自然派」ですね。つまり大多数の人が使う単語を使ってしまおうという。自然言語での慣用的な言い回しをなぞることが多いですけど
(TS)だから日本語をエスペラント化して「ハシーオイ」*10とか
(BM)中国人は「クワィジーオイ」とか「ファイジーオイ」といったり。もちろん、こういう場合には、ある意味では、エスペラントの「食べる・棒・小さい・名詞」はとても中立的になりますよ。中国的でも韓国的でも日本的でもなくて、ヨーロッパ的だから
(TS)エスペラントはヨーロッパ的なのでそんなに熱心にはなれないんだけど、エスペランチストは少なくとも中立であろうと努力はしているので好きだよ。エスペラント世界大会でエスペラント文法のヨーロッパ性について報告したことがあるんだけど、最後には「みなさんのことが大好きです」と言っといた
(HK)えーと、盛り上がってきたんだけど、問題は誰かが文字起こししないといけない
(TS)誰か ?あなたでしょ
(一同)(笑)
(HK)日本語、英語、エスペラント。後でご協力お願いします。ではまたいつかどこかで
(TS)もうたくさんだよ!

ビルマでカドゥー人の村にあった ビルマ文字とカドゥー文字による看板。 カドゥー文字は近年つくりだされた(HK)。

*9 「faai3zi2」は広東語で「箸」をあらわす「筷子」のこと。
*10 エスペラントでは名詞は「オ」でおわり、複数形には「イ」がつき、後ろから二音節目の母音を強く長く読むので、「箸」をエスペラント化すると「ハシーオイ」となる。

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