シリーズ白眉対談13「言語多様性と国際語」(2018)
グローバル英語
(NB)言葉が同じだから必ずしも仲良く理解しあえるというわけではなくて、やっぱり文化とか歴史とか色んな、その言葉を使ってお互いを深く知り合うことができれば、それは全体としては良くなるんでしょうけど、でもその、すぐに友達ができて、すぐに仲良くなれるかっていうとやっぱりまあ、色々場面が違いますしね。
(HK)エスペラントが特別なところは、エスペランチスト同士なら簡単にうちとけるところですね。喫煙者が喫煙所ですぐにうちとけるようなもので
(TS)そうです
(HK)そうでしょう
(BM)喫煙者が箱の中にいれられるように、エスペランチストも大会のときには200 以上の国から人が集まる場所にとじこめられる。でも、言語の壁は感じないですね
(TS)横浜で開催されたエスペラント世界大会に参加したんだけど、喫煙者用の箱の中でイタリア人にあったよ。仕事は何かときかれて、大学で教えていると言ったら、とても残念そうだった。「あんたもか。ここに労働者はいないのか。俺は建設業だ。世界の労働者と語り合いたいのに、教師と事務員しかいない。俺は孤独だ。労働者はどこだ」と言ってた。教師も労働者だと言ってもよかったけど、そうは言わなかった。面白いのは、少なくとも日本では、喫煙所にいけば労働者に会えるということだね。実際いつものように、彼のような労働者に会えたんだから。だけど彼にとってはそうではなかった。いずれにせよ、喫煙所に行けばいろんな人とお喋りできるのは楽しいよ
(HK)英語はどうですか。これだけたくさんの人が話すと、話せるのが普通のような気もしますけど
(NB)まあ、英語を喋ってくれる人に会ってもコミュニケーションの上では便利だけど、何も別にうれしくはないですね。英語話者だから当然と思う人もいっぱいいるんでしょうけど、そうじゃない人は、白人でも何人でもなんでも英語で当然話しかけられて、それはやっぱりどうかなと思うんです。気持ち的には。
(BM)もしも同じ「なまり」で話してきたら、親近感がありませんか
(NB)もちろん
(BM)英語といっても「なまり」による階層差があると思うんです
(HK)「なまり」は問題ですよね。肌の色もそうですけど、発音みたいにすぐにわかるような特徴で判断されがちですから
(NB)残念ながら階層はあるね。学生には「グローバル英語」について話すんだけど、何が「標準」なのか、イギリス英語なのか、BBC とか CNN とかの英語なのか、そもそも「英語」とよんでいいのか、どのように使用されるのか、などなど
(HK)これについて言えば、京都大学をはじめとして日本の大学ではよく英語教師が募集されて、母語話者でないとダメとかいいますけど、どんな階層出身のどんな英語の母語話者ならいいんですかね
(NB)コミュニケーションの英語は非母語話者のものだよね。ただ「グローバル英語」といっても階層がある。英語圏の中でも中核的な英語にまだ権威がある一方で、シンガポール英語とかインド英語のようなさまざまな「グローバル英語」も台頭している。そういう人たちは母語のように自分たちの英語を話している。そうした「英語」が認知される時代もすぐに来ると思いますよ
(BM)本当にそう思いますか
(NB)標準化から引き離す力が働いていると思う。技術の進歩とグローバル化とローカル化が同時進行していて、アングロサクソン中心主義の力が強大ではあるけど、一方で僕たちが思っている以上に多様化と分裂も発生していると思う。色々な場面で実際にどんな英語を使っているかを調べてみるほうが、どんな教科書を使っているかを比較してみるよりも、何かわかるかもしれない
(BM)いわゆるグローバル化といっても、実際にはアメリカ化ですよね。それなりの英語を話したいなら、マスメディアや映画でみられるように、英語の特定の変種を使わないといけませんね
(NB)そうなんだけど、世界における中核的英語圏の地位と関連していて、これから変わっていくんじゃないかな
(HK)本当に変わってほしいですよね。そして、いわゆる「ネイティブ・チェック」なんてものが学術論文に要求されない世の中になってほしい。言語学者は言語の多様性が大切だといって研究費をとってくる一方で、成果は英語でかかれたものをありがたがって他のは無視したりしますけど、そういう態度もあらたまってほしい

リンガ・フランカ
(NB)「正しい」英語を話さないといけないという強迫観念をもってる人がいるよね
(HK) 日本人は「正しい」英語を話さないといけないとおもっているし、文法や発音を間違えるのもこわいので、結局英語を話さないなどといわれたりしますね。一方でインド人なんかはそんなこと気にしないどころか、自分たちの英語こそが正しいと誇りにしているようにさえ見えますね
(NB)だけどもしそんな強迫観念がかわるならどうだろう。たとえばシンガポールでの英語なんかは、「英語」と「シンガポール英語」をいったりきたりしている。シンガポール人としての誇りと、グローバル化する世界でいかに受け入れられるかという葛藤がある。これは英語だけの問題じゃないよね。たとえば広州での広東語も
(BM)そう、広東語。香港でとても問題になっているのは聞いたことがあるでしょう。最近物議をかもす映画がでました。この十年のうちに香港で母語である広東語をはなすと迫害されるという内容です。でも言語はアイデンティティーや価値観と深く結びついているので。だからエスペラントのような中立な言語が一役買うかと思うんです。インドや中国や、世界中の国々で国家語のせいで少数民族語がどんどん消えていってますから
(HK)バングラデシュの事例は面白いとおもいます。簡単にいえば、バングラデシュが独立したのはベンガル語のおかげでした。独立戦争の間、ウルドゥー語を強制するパキスタン人に対して、イスラム教徒もヒンドゥー教徒もベンガル語を話すベンガル人ということで共闘したわけです。だけど独立したあとは、今度はベンガル語を母語とするわけでもない少数民族にもベンガル語を強制したのですよ。パプアニューギニアはどうですか。少 数民族語がどんどん消えてますか
(TS)ん、みんなそういうけど。でも、私がやってるドム語はまだまだ元気だし、元気な言語はほかにもたくさんあるよ。パプアニューギニアには 800 を超える言語があって、それぞれに多様性がある
(BM)英語を勉強する人も多いんですか
(TS)うん、英語は三つある公用語の一つだから。トクピシン、ヒリモトゥ語、そして英語
(BM)トクピシンが共通語のようなものじゃないんですか
(TS)そうだねえ、たぶんパプアニューギニア(PNG)の半分くらいの人はトクピシンを話すけど、話さない人もたくさんいるし。トクピシンは、かつてドイツが植民地にしていた PNG 北部では強くて、南部ではそれほどではない。だから南部にある首都のポートモレスビーだと、地元民はトクピシンを話さない。もちろん、PNG のいろんな地方から人が来ているから、今ではポートモレスビーでもトクピシンがよく使われてはいるんだけど
(BM)そういう時、何語が共通語になりますか、英語?
(TS)都市部の教育をうけた人たちには英語も使われるけど、地域ごとにたくさんの共通語があるんだよ。ポートモレスビーでは、モトゥ語という言語が共通語化したヒリモトゥ語という言語を地元民同士は使っている。シンブー地方では、それぞれの母語とは別に、クマン語という現地の共通語を使っている。指導者は各民族が集まる会合ではクマン語を話す必要があるので、クマン語が流暢かどうかが威信にかかわる。加えて、大抵はみんな母親の言語も話す。母親はいろんな地域から嫁いできている。たとえば父親の言語がドム語だとしても、それとは別に母親の言語も話す。なぜなら、母親の実家にもよく行って生活しているので。だからどんな言語であっても、誰かとの共通語たり得る。私も、ドム人ではないドム語話者と男女問わずドム語で会話することがPNG ではよくある。ドムの村にいるアメリカ人宣教師とさえドム語やトクピシンで話す。さらにトクピシンには国際性もあって、バヌアツとかソロモン諸島の人たちともトクピシンで話したりする。彼らが話すのは、トクピシンとは近縁のビスラマ語とかソロモンピジンなので通じる。メラネシアではトクピシンの方が強い言語なので、バヌアツやソロモン的な要素を混ぜて話すように心がけてはいるけど
(BM)ではテレビやラジオでの共通語はどうなってますか
(TS)三言語だよ。英語、トクピシン、ヒリモトゥ語
(BM)同時に?
(TS)うん、まあテレビやラジオでは英語が一番好まれてはいるけど、言語は多様だよね
(NB)それは面白いね。リンガ・フランカ*2というのは普通は何か一言語が共通語になるということで、たとえば今はたまたま英語がそうなっているだけでだけど実際には、パプアニューギニアとか東南アジアとかでは、共通語が何種類もあって、時と場合によってみんな自在に使い分けているんだよね。だからリンガ・フランカというのは一体何なのかを考える必要がある。英語と言ってもいろんな英語があるんだと学生には言ってるよ。リンガ・フランカが一つだけなんていうのは、世界の未来の姿ではないという可能性も考えるようにも言ってる
(TS)エスペラントの利点は共通語の多様化にもあるよね
(HK)たしかにエスペランチスト同士が結婚すると、こどもはエスペラントを母語にしつつも、両親の母語も身につけたりする。だから言語多様性がしっかりとある。だけど、私が研究しているバングラデシュやビルマの少数民族のばあい、言語がちがう民族同士が結婚するとベンガル語とかビルマ語といった国家語が家庭の言語になってしまって、両親の言語が継承されなかったりしますね。愛ゆえに言語が滅びるという、悲しいことになってます。エスペラントだけでは生きていけないから他の言語も身につけるけど、ベンガル語やビルマ語は、むしろそれを知らないと生きていけないし、他の言語まで習得するゆとりがなかなかないのでしょうね。言語は、それを知らないと生きていけないというのが、基本的な特徴かもしれない


*2 共通語のこと。十字軍の時代にフランク王国を中心に結成された軍隊の中で発生した共通語を「フランクの(franca・フランカ)言語(lingua・リンガ)」と呼んだことに由来するという説もある。