シリーズ白眉対談11「生物学の様々な視点」(2016)
4つの問い
(司会) ちなみに、このフォークエスチョンは皆さんにとって、いい質問なんですか。いい問いなんですか。
(越川) 「何で」っていうのに対して、「何で」っていう言葉の意味がわからないっていう話ですよね。だからそれは問題が悪いと。どういう視点での何でを聞きたいのかっていう話で。
(加賀谷) そう、ただ「何で」では、答えが定まらないような感じがしますよね。
(原村) よく言われるのが、鳥が何で鳴くの? っていう質問対して答え方が4 つあるよっていうことなんですよね。
(加賀谷) 答え方の種類。
(原村) メスを呼ぶために鳥は鳴いてるんですよって答えもあるし、あとこの鳴管でしたっけね、ここに空気がとおって、それで声が出て鳴いているんですよっていう答えもあるし。それが4 パターンあるっていうのが4 つの問いっていうことですよね。だから質問するときに、どういう理由で鳥が鳴いてるんですかって言われたら、メスを呼ぶために鳴いてるんですよって答えられるし、どういうメカニズムで鳴いてるんですかって言われたら、鳴管に空気がとおって、それで鳴き声が出てるんですよっていう答えもあるし。質問するときの何でっていう単語でも答え方がたくさんあるからっていうあれですよね、ティンバーゲンの4 つの問いって。
(司会) 皆さんはそれぞれ4 つの問いの中から選んで研究を進めているのですか。
(加賀谷) 意識的に選びますね。生物学者に対して話すときに、その4 つの問いがわかるように。問いが共有できているなっていう人だったら、メカニズムですって言って、いうふうに。
(越川) 究極に共有できてない人の話をすると、子どもに、「何で?」って聞かれるじゃないですか。それで思わず聞き返しちゃうんですよ。どうしてそれが有利になるか知りたいのか、それともどういう仕組みでそれができるか知りたいのかっつったら、「そんなのわかんない…(泣)」って。
(一同) (笑)
(越川) 「何で?」っていう、自分の発してる言葉の意味すらわからずに聞いてほしくないじゃないですか。ただ子どもの「何で?」っていうのは非常にプリミティブで、僕は科学者の「何で?」と思っちゃうんだけど違うんですよ。子どもが「何で?」って言うのは、そのことについてもっと話してっていう意味なんですよ。ていうことに気がついて、それに気がつくのに1 年ぐらいかかったんだけど。だから何かそれに対して、だから例えばウグイスが鳴いてるねっていって、「何で?」って言われたら、ウグイスについて少し小話をしてあげればいいだけなんですが、「それはメカニズムのことを聞いてるのか?!」みたいな。
(一同) (笑)
(越川) ふうになると、痛いパパみたいな(笑)。でも僕らが科学者としてのトレーニングを受ける中で初めて、「何で?」っていう言葉の中には複数の意味が込められていて、それを分割して処理しなきゃいけないってことを学んだわけなんですよね。
(加賀谷) 多分、端を発してるのはもともとアリストテレスじゃないかな。
(越川) そうなんですか、そのフォークエスチョンズの?
(加賀谷) うん、多分。ちゃんと調べます。ていうかデネットの『ダーウィンの危険な思想』8 の最初のほうに確かそんな感じのこと、
(越川) そんな話ありましたっけ。
(加賀谷) 書いてあった9。
(越川) 僕は長谷川眞理子さんの本で、『生き物をめぐる4 つの「なぜ」』10 というのがあって。これはもう少し若いときに読むべきだったと。ポスドクになってからそれを読むとちょっと遅いと。
(一同) (笑)
(加賀谷) 僕は北大理学部生物で学生やっていて、はじめは周りが分子機構やっている人と神経生理機構やっている研究者ばかりという感じだったんですけど、そんなこと言う研究者がいなくって、その後別の先生入ってきて、たとえば松島先生、名古屋大から来られたんですけど、
(山道) ヒヨコの?
(加賀谷) うん。今までいた教員が入れ替わってきて、行動生態寄りの教員が増えてきたっていうことで知るようになりました。僕はというと、ずっと居座ってたんで、ずっと電極叩いてたんで。
(一同) (笑)
(加賀谷) その中で何か周りの教員が変わっていって、言ってることの意味が変わってきて、
(越川) 質問が変わってくるわけですね。
(加賀谷) そう、興味の質問が変わってきて、おまえはティンバーゲンのフォークエスチョンズも知らないのかみたいなことを言われまして。やべ、俺知らねえと思って(笑)
(山道) 僕は大学院に長谷川眞理子さんがいましたから。副指導教員だったんで。
(原村) やっぱり授業ではしっかりそういうこと教えられていたんですか。
(山道) そうですね。あともともと東大の駒場で長谷川寿一さんと眞理子さんがやってた人気授業があって、そこで教えてたと思うんですけど。
(越川) 教養の生物でやるべき問題のような気がしますよね。
(加賀谷) ですよね、やっぱり。
(越川) 生物学者の質問も、発してる人によって聞きたいことが違うじゃないですか。
(加賀谷) そうなんですよ。わかんないときあるんですよね。
(越川) その人が何を聞きたいのか考えなきゃいけないですよね。
(加賀谷) そうなんですよね。分子生物学者だと何か、メカニズムが多いですよね。
(越川) メカニズムでしょうね、恐らくはね。究極要因聞いてくる人はそんなには、でもいるな。ミズタマショウジョウバエの水玉模様の意味は何なの? って大体。質問がないときの質問っていうのがそれなんですよ。
(一同) (笑)
(越川) 役に立ってるの? って。アイドンノーとしか答えられない。単に答えは出ないと思っているので。メカニズムはもう本当に一つずつモレキュールを詰めていけばいいから、それなりの前進というのは見込めるかなとは思ってますけど。
(司会) はい(挙手しながら)。メカニズムっていう言葉、僕ちょっとまだ理解してないんですけども、現代だと分子生物学的な、いわゆる要素還元的なものをしらみつぶしに調べていったら、それはメカニズムがわかったっていうことになるんでしょうか。メカニズムっていうのは、そういうモレキュラーなものか、あるいはケミカルなのか、フィジカルなものもあると思いますし・・・その中身っていうのはあまり気にしないんですか。
(加賀谷) いや。します。
(越川) 担っている物体は何でもいいかもしれないけど、でも、それが、担っている物体なり遺伝子なりがわかると、メカニズムを理解するために非常によい助けになるので。ただ知りたいのは、遺伝子に関係することであれば、遺伝子がどういうタンパクを作って、そのタンパクがどういうふうに働いて、そういう現象を起こしてるかということを知りたいわけですよね。そういったメカニズム。
(加賀谷) 僕も神経メカニズムって言ってまして、で、僕、今、シャコのパンチについてはいつも単にメカニズムって言っちゃうんですけど、ちょっとぼかしてるなとは思うんです。身体のメカニズムと神経系のメカニズムと両方あって、でも、これは、分かちがたく結びついているので、一つで言うしかないよなと。身体機構っていって、体のフィジカルな部分っていう意味と、神経メカニズムという意味とを言ってしまってるんです。
(司会) 山道さんは個体群動態のダイナミクスという言い方をされることは多いと思うんですけども、それはメカニズムを理解しようということとは関係がないんですか。
(山道) 僕の研究は個体レベル以上の話なんで。行動生態学とか神経行動学っていうのは個体レベルの行動の理解を目標としていますよね。一方で、個体数の変動を調べる個体群生態学はティンバーゲンの4 つの問いの対象ではないですね。
(司会) メカニズムっていったときに数学を使っていると思うんですけども、数学っていうのはメカニズム中に入るのかなって、素朴に思ってたんですが。
(山道) 数学は適応的意義を調べるためによく使われてますよ。例えば、鳥が餌場に何分とどまるのか。なぜ10 分だけとどまるのかっていう問いに対して、機能という観点からは、これが一番効率がいいから、と答えられます。で、その効率のよさっていうものを調べるために数学を使うということはよくあります。

生物学と普遍性
(山道) テーマの普遍性っていう話なんですけど、ヒトの分子生物学って個別性が強いけど役に立つ。例えば薬を作るのに物質を知ってるのと知らないとでは全然違う。でも、生態学の個別性っていうのは、例えばミズタマショウジョウバエと別のショウジョウバエで何が違うかみたいなテーマは、軽んじられがちなんですよね。やっぱり、われわれが人間っていう個別の種だから、人間に近いほど個別のテーマでも価値があるという気がしますね。
(加賀谷) それ、人間に近くなるとっていうか、例えば普遍性を意識して文章を書こうとすると抽象化するじゃないですか。詳細を省く言い方にしてもですけど。そうすると、例えばザリガニの学名入れないで、最初イントロを書き始める。
(越川) そうですね(笑)。
(加賀谷) タイトルに入れない。
(越川) タイトルに学名入れない?
(加賀谷) 論文誌によっては入れない。イントロでも序盤は学名入れないで最後のほうにちょろっと入れる。でも、そういう書き方すると、ほかの分子生物学者の人が、そう書くと何か人間意識してるよねみたいに言われるんですよ。いや、いや、違うっす(笑)。普遍ですみたいな。
(一同) (笑)
(加賀谷) でも、そういう普遍性を意識してても人間を意識してるみたいに思われる。人間って、でも単にヒトでしょみたいに捉えるか、この世界をそもそも認識している存在として、普遍的な存在みたいな感じで捉えるかだったと思うんですけど。
(越川) そうですね。人間っていうのは、僕らは人間だから人間のことを忘れることはできないので、ある種、非常に僕らにとって特別な位置にある動物だと思うんですよ。僕ら自身だから。だから、そういう意味ではザリガニと僕ら自身っていう関係の中でも既に、ザリガニをやってるだけで普遍性は生まれてるような気がしますけど。でも、メディカルな人たちはあんまりそう見ないから、人にひきつけて書いてるように捉えるのかもしれないけど。
(原村) 人と関係しない研究とかあるんですか。
(越川) ほう。それは結構クリティカルですね。例えば分類学の研究なんかだったら、例えばある蚊の種類がいて、この蚊と剛毛の数が2 本違うと。人間関係ありますか。もちろん記述してるのは人間だけど、
(加賀谷) 進化的につながってると考えればですよ。
(越川) つながってはいますけど。
(山道) あるいは人間を含む地球上の生物とは全く別の起源を持つ生物が存在したとしたら、それを対象にした生物学は人間の理解に役立つのか。
(原村) 人間型じゃない宇宙人を調べるのは人間の役に立つのか。
(越川) それ、めちゃくちゃ役立つと思いますよ。それはそう思いませんか。宇宙生物を見つけるっていうのは生物学の夢の一つですよ。N=1 がN=2 になる11 んですから。
(一同) (笑)
(越川) そうですよね。このタイプじゃないものがあったら、
(原村) そうだったら、蚊の分類の研究も一緒なんじゃない? っていう話で。
(越川) そうかもしれないですね。
(一同) (笑)
(越川) でも、何かその普遍性が高そうな疑問と、高そうじゃない疑問はあるかなというふうには思ったんです。
(山道) 普遍性が高そうな疑問っていうのは、つまり今の生物学でわかっていないことに答えられるとっかかりになるかもしれないテーマってことですよね。蚊のA と蚊のB については、恐らく蚊のC と蚊のD についてよくわかってるから、それを敷衍していけば、ほぼ同じことだろうと。もし本当に、絶海の孤島で全く未知の生態系が見つかったら、そこの分類学ってのはものすごい価値を持つわけじゃないですか(越川)確かに。
(山道) だから、今の生物学の知識がどこまで進んでるかっていうとこと、普遍性ってのは結構リンクしてるかもしれない。
(越川) 確かに、一番最初に蚊に種類があるってことに気づいた人が蚊A と蚊B を分類した研究は超普遍性ありますよね。それ、蚊じゃなくていいかもしれないけど、例えば生き物に種類があるっていうことに気がついて、それを分けた、アリストテレスとか、リンネとか。すごいですよね。確かに。それはその生き物を、2 種を分けたにすぎないけれども、そもそも生き物には種類があって、それはある特徴によって分けられるという普遍性を持ってるわけですよね。だから僕らが今までどれだけ知ってるかということに相当依存しているから、新しい観念を作るかもしれないような個別的、記述的研究というのは非常に役に立つ場合があるから普遍性を持つ。
(山道) でも、そういうことを言いだすと、結局、普遍性を持つか持たないかっていうのは、今の時点ではわからないっていうことになりますよね。
(司会) 生物学ってものに対して、どういうふうに研究すればいいのか、何を疑問に思って、何を答えればいいのかっていうことは、あんまりそういう教育受けてないものからすると、正直そこがわからないんですよね。話を聞いていても。そういう意味では今日、話していただいた内容は皆さんの手でまとめて、本にしてほしいぐらい楽しかったです。
(一同) (笑)
(加賀谷) そうですか。
(越川) もうまとめに入ってますね。
(司会) そうなんですよね。もうそろそろ時間になってしまったので、
(加賀谷) もうちょっと具体的な話もしたかったかな。
(司会) 第2 回をやってもいいですが、どちらかがすごい長い距離、移動しないといけないですね(笑)。
(一同) (笑)
- Ti nber gen, N. (1963) On aims and methods of ethology, Zeitschrift für Tierpsychologie 20, 410-433.
- ニコ・ティンバーゲンは、オランダ出身の動物行動学者。鳥類・魚類の行動などを研究して、1973 年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
- 解発刺激。特定の本能行動を引き起こす特定の感覚刺激のこと。K. ローレンツによる。
- コンラート・ローレンツは、オーストリアの動物行動学者。ティンバーゲンらとともに、1973 年にノーベル生理学・医学賞を受賞した。
- 1780 年11 月カエルの足に解剖用のメスを差し入れるとこれが震えるのを発見。このガルヴァーニの発見が電気に関する発見の端緒となった。
- ガルヴァーニは電気が生体由来であると考え、ボルタは金属由来であると考えた。両者ではげしい論争があった。ボルタ電池の発明によってボルタに軍配 があがったものの、ガルヴァーニにとって不幸だったのは、両者ともに正しかったということである。
- 静電気現象についてはさらに前から知られていたし、計測もされている。
- ダニエル C デネット( 2001) ダーウィンの危険な思想( 青土社)
- 正確には、デネットの本には4 つの原因(アイティア)についてのみ書かれている。そして、フォークエスチョンズとの関連は、Hladký, V. & Havlíček, J. (2013) .Was Tinbergen an Aristotelian? Comparison of Tinbergen’s Four Whys and Aristotle’s Four Causes. Human Ethology Bulletin , 28(4), 3-11 で考察されている
- 長谷川 眞理子 (2002) 生き物をめぐる4 つの「なぜ」 (集英社新書)
- 論文や研究発表では、慣習的に実験や観察での繰り返し数をN=2(同じ実験を2 回行った)という形で表現する。