シリーズ白眉対談08 アカデミズムと社会(2015)
大学の成立背景
(細) しばらく前に、廣重徹さんの『科学の社会史』っていうのを読んだんですよ3。すごいショックでした。近代科学が生まれたきっかけが、第一次世界大戦でプロイセンがすごい頑張って、結果として負けましたけど、“なんでこんなすごいんや”っていうのをイギリスのほうが考えたとき、向こうがカリキュラムを組んで教えて軍を統制してると。 そして“これはすごい”となって、国が科学を支える仕組みができたということです。まあざっくり言うとそんな感じで。そのあとで日本の話に入ってくると、国力を欧米並にするためにまず1個、東大を作りましょうとなった。 そしてもう1個ぐらいそれに対抗する大学を作りましょうって話が挙がったけど、お金がなかった。それでも結局、 お金ができたのは何かっていうと、
(江間) 日清戦争。
(細) 日清戦争の賠償金だったらしいですね。そのあとには東北大が北大と合同するような形で作られた。そのときに原資になったのが、足尾鉱毒事件でたたかれてた古河財閥が社会貢献による償いという意味合いでだした拠金とのことです。国とか学問とかの根っこを見ていくと、みんなすっごいどろどろしてて、“あ、軍事すごい大事”とうことに気づかされました。
(江間) こういったこと、結構知らないですよね。私も日清戦争の話は“京大にいるなら知っておくべきやで”って言われて“、へえっ”て思って覚えてたんです。 ある意味では“裏話”って済まされるかもしれないけれども、ちょっと遠かった日清戦争が近く感じられたりだとか、 そういうきっかけになります。そこでそれに興味を持って、じゃあ“何でその賠償金が大学作るのに使われるんだ”って考える。“賠償金以外に大学を作る資金はあったのか”とかね。
(司会) 少なくともその当時は、大学を作るっていうのは、より強大な国家を作るのに資すると思われていたんですね。
(細) それがすべてだったんでしょうね。
(江間) 富国強兵とか。
(藤井) だから、日本の大学は工学部が非常に強い。
(細) 阪大はなにわの商人が工業を振興するためにっていうので作られたんですよね。それだから今でも特に工学部がすごく強い。
(江間) 科学とか技術とか大学とか、これらは表面的に歴史と無関係のようだけど、実はそうじゃない。大学の研究者は、その後ろにあるどろどろが大事だと知っておくべきかどうか。そんなの知らなくたって研究できるもんって言う人もいるだろうけれど。
(細) でもそれを知らなかったら、基礎科学という崇高なものに国がお金を出すのは当然だみたいに思ってしまうじゃないですか。“とんでもない、それは二次的なものやった”っていうことがわかったりします。
(司会) でもそれを理解していない人がピュアな科学者として成功する場合だって、ありうるし、あってもいいと思いませんか。
(細) 個人の成功はそうですけど、それでは国を納得させるとか、国民に納得してもらえるときにはそのロジックは弱いですよね。現状、自分はこれでうまくやってきたんやから、このままでいいだろうっていうのは通らないでしょう。必然的に右肩上がりと全然あかんところとが出てくるわけですよね。そのときに知恵がある人はやっぱり過去を知ってる人間やと思うんです。“このまんまやったらここまでは落ちるだろう”とか、“おまえ、死なないなんて思ってるんじゃないやろな”みたいな(笑)。
(一同) (笑)
(江間) 一方で大学っていうのは、アカデミアの自治っていうところから生まれてきた流れもあるわけですよね。自分たちでやることを決めるし、やりたいことをやるっていう、そういうのが尊重されるわけですよね。だから、お金を削減するぞっていうと、海外の大学は平気でストライキとかする。そういう権利が伝統的にあるということを理解しているわけですよね。その二つが結構ごっちゃになってる気がしていて。
(藤井) アカデミアの自治ということが、 大学人の理想としてはあるけれども、制度としてはきちんと整備されてないっていう面はあるんじゃないですか。
(江間) 歴史的な理念やしがらみ、それに加えて現実の制度とかが複雑に絡んでいるので、アカデミアと社会を考えるときには、複数の視点で見ると面白い。
(細) 輸入されてきた制度などは、その土地でのコンセンサスが得られていないですよね。大学では、アカデミアの自治は当然というふうに思われてても、国ではそう思ってない。今はそのズレがいろんなところで噴出してるんでしょうね。
(藤井) 日本の大学の歴史的経緯っていうのは、今後の大学政策の中でも重要になってくるんじゃないかなと思います。政府や文科省の一部の人たちが、 エリートとは何かみたいなことをまた新たに考え始めてるような気がします。

望まれるアウトリーチ
(司会) 最近こういうアウトリーチをやってこうでした、というような例はありますか?
(花田) 本書いたりするのは、アウトリーチ?
(細) 僕があの本 4 出したのはアウトリーチなんですかね?
(花田) そうじゃないですか。だってあれ小学生が読んで、“生物いいかも”と思うんじゃないですか? 小学生じゃなくて中学生か。
(細) いや、小学生でも読んだ子はいるんですよ。
(司会) それで細さんの本は、斬新というか、珍しいスタイルになっていて、研究そのものというよりも、細さんの生き様を描いてるじゃないですか。一若手研究者としてこう生きてるっていうことが書いてある。あれは純粋なサイエンスというより、多くの読者は、伝記とか、あるいは冒険譚というノリで読んでると思うので、立派なアウトリーチですよ。
(花田) サイエンスと研究者の生き様を組み合わせてアクセスしやすくしてるっていう意味では、そうですよね。
(藤井) 僕ら人文系のアウトリーチでは、 協会や団体の力を借りるのも一つの方法としてあります。日本ギリシャ協会は、現代ギリシャに仕事や結婚などで関係のある人、ギリシャの食べ物とか歴史とかに興味がある人とかが所属していて、それは別に学会じゃないんですけども、会員が何百人もいるんですよね。今回夏に、招へいしたギリシャ人に一般向けの講演をしてもらいました。現代ギリシャは、古代ギリシャとも結構つながっていて、その講演は“身振り手振りの話”だったんですけども、 ジェスチャーっていうのが現代と古代で変わってたりするとこもあるし、変わってないところもある。例えばアメリカの大統領のジェスチャーに、古代ギリシャのジェスチャーが生かされてますよといった話をしてもらいました。
(花田) ちなみに古代のジェスチャーってどうやって調べるの?
(藤井) 壷や彫刻の絵に残ってたりします。その他には、弁論術の教科書みたいな本があって、そこにはどういう間合いでしゃべんなきゃいけないとか、どういう身振りでしゃべんなきゃいけないとか書いてあるんですよね。他にアウトリーチの方法としては、例えばイギリスでは盛んなんですが、大学の外でするリーディンググループ、これは日本だと読書グループみたいなものです。 大学の先生がいつもいる必要はなくて、 まあ、草の根って言ったらちょっと響きがよすぎるかもしれないけども、何かそういう大学と関係ない次元でアウトリーチっていうのを考えていく必要があるのかなって思ってるんです。アウトリーチっていうとどうしても大学の存在意義を主張するためにしなきゃいけないって思っちゃうけども、人文学的考え方って別に大学に縛られるわけじゃないじゃないですか。
(江間) 外部機関とか異分野とかを巻き込んでいくっていう流れは大事ですよね。
(花田) それも自発的にできるに越したことはないですよね。自分の仕事の時間を割いてやれるかっていうと、研究者によって、どこまでやれるかという違いがでるかもしれませんね。
(細) 講演などを通じて、篤志家や権力者にちょっと肩をもってもらえるようにするとか。
(藤井) 寄付金を今後増やしていきましょうっていう目的で、大学側からそういうプッシュが今後あるかもしれないですよね。例えば京大の同窓会に行ってちょっと話してくれみたいな。
(細) アウトリーチをする側としては、 どこに向けてやるとどういう効果があるかを考えることも大事ですね。
(花田) 素粒子論の私のアウトリーチは何したらいいんですか?
(藤井) そう、花田さんのアウトリーチ、 すごい興味ある。
(花田) 僕が何をしたらみんなが喜んでくれるか。例えば、オープンキャンパスで実験系は装置とかを見せると、みんなうれしそうになるんですよ。でも僕は理論系だから、黒板使って“なに話す?”“何したい?”みたいになって困っちゃうんですよ。
(江間) 一般のお客さんを呼んで、満足して帰ってもらうっていうのが一応一般的だと思うんですけど。
(花田) 出前授業で高校生にそういう話のさわりだけをやってる人は結構いるみたい。
(江間) そうですよね。出前授業もアウトリーチに入るし、サイエンスカフェ、 シンポジウム講演会など昔ながらのものももちろん入るでしょう。
(花田) それら以外もまだまだありますか?
(江間) アウトリーチに含めていいかわからないんですけど、異分野と話すのもアウトリーチかなと思うんですけど。
(花田) 異分野間の対話で何聞きたいですか。
(細) それは受手によると思いますが、 相手の分野に対してどういうインパクトを持つのかっていうことは大事ですよね。人文の方もそうだと思いますけど。花田さんの素粒子論はかなり極端な例かもしれないですけど、どの学問の分野も最先端のさらにその先端は誰にもわからない、そうなるのが必然なんです。
(花田) けどやっぱり、自分の専門分野を相手にちゃんと話せる人とそうでない人では差が出るから、それは持って行きかたの差なんでしょうね。
(細) 話しかたの技術と工夫ですね。
(花田) そこは頑張らないとね。
(江間) でも自分の研究を確実にほかの人に伝えて、情報一様的に正しく理解してもらうという目的から離れてもいいんじゃないかなって思います。さきほど“伝える”とか“知ってもらう”っていうのが、スパイスになればいいという話もありましたよね。
(藤井) CERN(欧州原子核研究機構) の漫画ってあるんですよね?
(花田) 高エネ研にも『カソクキッズ』5っていうのがある。
(藤井) カソクキ・キッズっていう漫画があるんですか?
(花田) 『カソクキッズ』。そのファンがね、一般公開に来るんですよ。
(司会) その漫画は誰が描いたんですか?
(江間) 漫画家さんに施設案内とかいろいろ話をして、書いてもらった漫画です。
(司会) そのプロデューサーは誰なんですか?
(花田) 高エネ研です。加速器を運営している、高エネルギーに関する研究所です。それで一般公開でクイズ大会やったらね、子供の部と大人の部に分けてやったんだけど、子供の方が強くて。“宇宙が膨張して星が遠ざかると、色は?” という問題で、子供が早押しでピコーンって、すぐ答えた。そしたら、遅れた子たちが“赤方偏移なんて常識だよ” みたいな。
(一同) (笑)
(司会) そういう子たちが大学や研究所に来るんですかね、将来。
(花田) 僕も一般向けに記事みたいなものを書くときに思うんですけど、みんなにわかるようにするにはどうしたらいいんだろう、あるいは自分のやってることをプロに話すにしてもね、どうやったらよりわかってもらえるかっていうのを考える。例えば iPS 細胞とか、 青色発光ダイオードとかね、わかりやすいじゃないですか。中には本質的にわかりにくいものもあるけど、それをわかりやすく言う作業は大事で、アウトリーチというのはそのためのいい演習問題かもしれないですね。
(江間) 模範解答。二重丸をあげましょう。
(一同) (笑)
(司会) 本日はお忙しいところどうもありがとうございました。
1 アカデミックデイは、京都大学の一般公開イベント。
2 G 型 L 型。文部科学省の有識者会議で提案された大学改革の案。世界をグローバル経済圏(G の世界)とローカル経済圏(L の世界)に分けて考え、ごく一部のトップ大学を G 型大学、それ以外は L 型大学とし、L 型大学では教員を民間企業での実務経験者に入れ替えて職業訓練を行う、とした。
3 廣重徹著『科学の社会史』岩波現代文庫。
4 細将貴著『右利きのヘビ仮説 ─追うヘビ、逃げるカタツムリの右と左の共進化』東海大学出版会。なお、同じシリーズから白眉 5 期、前野ウルド浩太郎 氏の『孤独なバッタが群れるとき — サバクトビバッタの相変異と大発生』も刊行されています。
5「カソクキッズ」(http://kids.kek.jp/comic/)うるの拓也著、高エネルギー加速器研究機構監修『漫画でわかる素粒子物理学』として単行本化されています。