シリーズ白眉対談02 宇宙(2012)
登場人物
司会・編集:ニューズレター編集部
登場人物と研究課題
長尾 透 特定准教授 ―『巨大ブラックホールの形成と進化の観測的研究』
小林 努 特定助教 ―『拡張重力理論による加速膨張宇宙の研究』
信川 正順 特定助教 ―『特性 X 線・硬 X 線・ ガンマ線の統合による銀河中心活動性の解明』
村主 崇行 特定助教 ―『偏微分方程式の数値解析のための大規模並列プログラムの自動生成』

導入
(司会) 話のきっかけとして、昨日本屋さんに行って幼少期の愛読書を買ってきました。「星・星座」の図鑑。(一同) おお。
(長尾) こういうのは子供の時、ちらちらっと見るぐらいはしたかもしれないけど、星座大好きぃ!とかじゃなかったなぁ。皆さんはどうでした?
(信川) ぼくは「宇宙」っていう図鑑をよく読んでいましたねぇ。太陽系の惑星とか遠くの恒星が書いてあって、恒星の大きさや色も載っている。太陽と比べてどうかとか。星座も載ってましたけど、星と星座では星の方が重視されていたような気がします。銀河系の絵とか、 そういうのをよく見てましたねぇ。ブラックホールとかも書いてありました。
(村主) ぼくの記憶にあるのは学習マンガかなぁ。コロ助って奴が出てくるのが一番印象に残ってる。それは宇宙というより科学一般の本で、たとえば、卵を横から落とすと割れるけど、縦から落とすと割れないのは何でなんや、みたいなことが書いてあった。宇宙のマンガも読んだ記憶があるけど、おぼろげですねぇ。
専門分野
(司会) では、みなさんの専門がどのように違うのかを教えてください。まずは長尾さん、 お願いします。
(長尾) 天文学って言われたときに、おそらく分野外の方が想像するのは、望遠鏡を使って遠い銀河とかを見て・・・っていうイメージだと思います。それは専門の研究と一致しない部分もあるんですけど、ぼくはそのイメージに近いことをやっている気がしますね。大きなすばる望遠鏡を使って遠くの銀河を見る。見るって言うか観測する。そして、たとえば宇宙の歴史の中で銀河がどういうふうに進化してきたとか、銀河の中心にある巨大なブラックホールがどういうふうに出来たのかっていうのを、観測的に調べるのがぼくの研究ですね。
(司会) なるほど。信川さんは。
(信川) ぼくも長尾さんと同じように宇宙を観測して研究しています。ただ観測に使っている道具は普通の目で見えるような光じゃなくて、エックス線を使っています。エックス線は可視光と同じ電磁波の一種なんですけど、エックス線を使うメリットは、可視光に比べて 1 万倍以上エネルギーが高いので、宇宙で高いエネルギーの現象が起こっているのがよく見えることです。それを使って 100 万度とか 1000 万度以上の高温のガスでできている宇宙を研究しています。たとえば星が爆発した後の超新星残骸やブラックホールの周りで起きている現象などですね。
(司会) 長尾さんはエックス線じゃなくて可視光なんですよね?
(長尾) そうですね、主には。可視光とか赤外線とかですね。
(司会) エネルギーに関して、お二人は対照的ですね。
(長尾) ぼくはエネルギーが低い側です。
(司会) エネルギーの低い電磁波を使うメリットっていうのは何ですか?
(長尾) エックス線天文学や電波の天文学は歴史が非常に新しくて、今まさにどんどん発展してきているところです。一方で光・赤外天文学は、本当にもう人類の歴史とともにあったぐらい古い学問です。色んな研究手法が開発されていて、たとえばこういうことを調べたかったら、こういう光の分析をしたらいいよねっていうのが、色々研究手段として整備されています。だからチャレンジしやすい。
(司会) なるほど。ところで小林さんは理論家ですよね。
(小林) ええ、ぼくは観測というものを一切したことがないんです。観測をして宇宙を知るんじゃなくて、理論で、紙と鉛筆で、物理を使って宇宙を知るという宇宙論をやっています。もちろん観測データは使うんですけど。 天文って言われることにすごく抵抗があって、 ぼくは天文学者じゃないんです、物理学者ですと言っています。動機も個々の天体現象を知りたいとかではなくて、その背後にある物理を知りたいという感じですね。たとえば誕生直後の宇宙の研究をするんですけど、その頃の宇宙は実はすごく素粒子物理と関係が深くて、だから宇宙を研究することによって素粒子を知ることができます。地上では絶対実験ができないような、そういうことも宇宙では起こり得るので、それによって素粒子に対する知見も得られる、というのが宇宙論ですね。
(司会) 地上で実験できないというのは、何がだめで実験できないんですか。
(小林) エネルギースケールが全然足りない。地上の加速器で出来るエネルギースケールとは全然桁の違う世界が宇宙の初期の頃には実現されているので、地上では知りえない物理を知ることができます。
(村主) 地上では実験できないということと言えば、それこそ星を一つもってきて作ってみるということは到底無理なんだけど、それを計算機の中で可能にするのがシミュレーションという手段であって、ぼくはそれをやっています。
(司会) なるほど。
(村主) ぼくはプログラミングへの興味というところから、この分野に入りました。それでどっちかと言うと身近な星とかが好きなので、光とか赤外の人からデータをもらって、 星とか惑星とか星間物質ができて進化する様子をシミュレーションで解き明かすことをしています。そこから波及してですね、シミュレーションのプログラムをどうやって書くかという情報科学の分野も研究しています。複雑なシミュレーションの難しいプログラムをどうすれば簡単に書くことができるか、あるいは一網打尽にプログラムを作る方法はないのか、という研究をやっています。
(司会) 宇宙のことが、たかだか一部屋ぐらいに納まるぐらいの計算機でシミュレーションできるっていうのは、なんか感覚的には信じられないことも。
(村主) できることもあるし、できないことも・・・。
(司会) どこまで実際を再現しているかという程度にもよりますね。
(村主) もちろん。たとえば、地球上の全ての現象を一部屋に納まる計算機でシミュレートするのは到底無理ですが、現象のある側面に注目すれば可能ということはあります。