当事者の視点から世界を読み解く楽しさ(加藤 裕美/2016)
私は、人と自然の関係に興味をもち研究を始めました。私の専門は文化人類学で、同時代の地球に生き、異なる生活世界のなかで生きる人々を、当事者の視点から理解することを大切にしています。研究の対象としているのは、マレーシアのボルネオ島の熱帯雨林に暮らす人々です。特に、長年森の中で狩猟や採集をして暮らしてきた、狩猟採集民と呼ばれる人たちを対象にしています。
彼らとの出会いは、修士課程の頃です。修士論文の調査地を決めるために、ボルネオ島のあちこちを訪れて予備調査をしていた私の心を奪いました。それまで訪れた村々とは全く異なる環境のなかで生活をし、自然と一体になった、生き生きとした生き様がとても魅力的に映りました。調査を行っているグループは全人口二百数十人の少数民族集団です。マイノリティであるがゆえ、これまで史料や先行研究の中では捨象されてきており、本格的な人類学研究もおこなわれてきていませんでした。
長い間、森のなかを遊動して生活をしてきた彼らの、動物や自然環境に対する知識は素晴らしく、非常に緻密な認識をしています。しかし、マジョリティである農耕民や政府など、外の世界と関わると一転して「遅れた人たち」、「貧しい人たち」というレッテルを貼られてしまいます。政府やマジョリティ集団から見ると理解されない行動も多く、混乱をもたらす、不法である、あるいは正しくないと評価される場面も多々あります。そうした彼らの生き方は、NGO的な視点では開発や森林伐採によって生活を翻弄されている弱者、あるいは政府からすると、発展させるべき対象として扱われてきました。しかし、こういった文脈では、彼らが経験してきた歴史、日常生活で蓄積してきた豊富な知識、綿密な社会関係は捨象されてしまいます。この部分に着目したいというのが私の研究の出発点です。
現地調査では、現地語を習得し、人々の一挙手一投足に目を向け、発する言葉の一つ一つに丁寧に耳を傾け記録します。社会の一員となれるように、人々のありとあらゆる活動に参与し実践します。村には、養父母といった擬家族がおり、彼らも私という遠い国から来た娘と関わることを楽しんでくれています。調査中は彼らに話をしてもらうことが生活の一部になるため、夜時間があるときに聞き語りをしてもらうことが多くあります。時には、インタビューの趣旨ではない、昔話や伝説、動物の物世界観の一端を覗くことができます。
日本では、調査中に記録したインタビューを書き下ろしたり、フィールドノートの内容を整理して分析したり、先行研究を読み勉強をする日々です。そのような研究生活で励みになるのは、海外の研究者が新しく発表した論文などを読んで勉強し、刺激を得ることです。また、同じような地域で研究をしている世界各地の研究者たちと交流するのも大変刺激になります。マレーシア、アメリカ、フランス、イギリス、フィンランドなど世界各地の研究者と国際会議で会い、研究のアイディアや調査地での現象の解釈について議論できることはとても楽しいです。そして、私も彼らに負けないように、良い研究ができるように頑張ろうと励みになります。また日本で研究に疲れたときに、現地の人たちと電話をして世間話をすることも、気分転換になり研究の励みになります。
私は人類学が専門ですが、最近は調査対象を広げ、生態学者や地理学者との共同研究も始めました。同じ現象を見ているのに全く異なるアプローチ、分析のしかた、アウトプットの出し方をするのが興味深いです。
これまでの研究生活では、学士、修士、博士の頃に刺激を受け与え合えられる仲間に巡り合え、的確なアドバイスを下さる先生や先輩方に恵まれたこと感謝しています。今後も自分の好奇心を研ぎ澄ませ、調査地の人々と冗談を言って笑いあえる関係を大切にしていきたいです。また、世界中の研究者と同じ土俵で議論ができ、刺激を与えあえるような研究を続けていきたいと思います。

(2013 年 6 月イギリス、リバプール大学にて)
(かとう ゆみ)