| ENGLISH |
朝、家を出てから職場や学校までの道で、あなたは何を考えますか。仕事のこと、趣味のこと、恋人のこと、家族のこと。人それぞれだと思いますが、私が考えるのは、「今、周りにいる鳥たちはいったい何を話しているのか」ということです。私は今出川通りを 400mほど歩き大学に通いますが、その間にもスズメ、ツバメ、シジュウカラ、ヤマガラ、エナガ、ヒヨドリ、メジロなど、様々な野鳥に出会います。これらはみな「鳴禽類」と呼ばれるグループに属しており、鳥のなかでもよく鳴くことで知られます。実際に、耳をすませて観察すると、彼らが頻繁に鳴き声を発し、仲間とやりとりをしている様子に気がつくでしょう。
これまでにも多くの動物学者が鳥たちの多様な鳴き声に関心をもってきましたが、それらの意味を明らかにできた例はほとんどありません(スズメの「チュン」の意味すらわかっていないのが現状です)。哺乳類や両生類など、その他の「鳴く動物」についても音声の意味を体系的に調べた例は限られており、「この声は威嚇だろう」、「この声は求愛だろう」と単純化して解釈されてきました。このような研究の背景もあり、動物の鳴き声は単なる感情の表れに過ぎず、言語のように特定の意味を伝えるものではないと長年信じられてきたのです。
しかし、生物進化について学んだことのある方であれば、「言語はヒトに突如として進化した特殊な能力である」という盲信されたシナリオが、起こり得なさそうなことは容易に想像がつくでしょう。むしろ進化は漸進的な変化の蓄積であり、その起源となる性質は他の動物においても見出されるべきです。もしかしたら、鳥類の音声コミュニケーションも、詳細に研究すれば、言語に通ずる能力がみつかるのかもしれません。
私の研究対象は、シジュウカラ科に属する鳥類です。日本には、シジュウカラ、ヤマガラ、ヒガラ、コガラ、ハシブトガラの5種が生息しています。このうち、ハシブトガラは北海道にのみ生息するので、本州でみられるのはその他の4種です。
私がシジュウカラ科に注目したのは、彼らの鳴き声が鳴禽類のなかでも群を抜いて複雑なことに気づいたからです。たとえば、多くの鳥は捕食者を警戒する際に決まった鳴き声を発しますが、シジュウカラは捕食者の種類に応じて異なる声を使い分けます。タカをみつけると「ヒーヒー」、カラスをみつけると「ピーツピ」、ヘビをみつけると「ジャージャー」と鳴くといった具合です。警戒の声以外にも、「ピーツィ」、「ヂヂヂヂ」、「チッチッチ」など、様々な声を使い分けて仲間と鳴き交わす様子がみられます。私はこれらの鳴き声がひとつひとつ意味をもち、全体としてシジュウカラの「言語」になっているのではないかと考え、研究してきました。
私の「研究の現場」は長野県軽井沢町に広がる森林です。軽井沢といえば、避暑地、別荘地という印象があるかと思いますが、街の中心から数キロ北上すれば、カラマツやミズナラを中心とした落葉樹林が広がります。ツキノワグマやニホンカモシカなど野生動物もたくさん生息しています。私はこの森に、春と秋の2シーズン、年間3~4ヶ月ほど滞在して研究を続けてきました。対象とする鳥にはプラスチック製の色足環を装着し、個体識別をおこないます。その上で、各個体が各音声をどのような状況で使っているのか、詳細に記録していきます。このような観察を続けていくと、鳥たちがどのような目的で鳴き声を発しているのか、それぞれの鳴き声の意味はどのようなものかが少しずつわかってくるのです。
そのような地道な研究の成果として、シジュウカラが「文法」を使っているという驚きの発見もありました。警戒を意味する鳴き声と仲間を集める声を、決まった語順に組み合わせ、仲間と共に捕食者を追い払う際の号令として使うのです。人工的に合成した音列を用いたプレイバック実験から、シジュウカラは鳴き声の組み合わせ規則を正しく認識でき、初めて聞いた音列でも正しく理解できることが明らかになりました。
14 年以上研究を続けてきたことで、今ではかなりシジュウカラ語が理解できるようになりました。空を飛ぶタカも地を這うヘビも、いつもシジュウカラの鳴き声で気づきます。また、研究を進めていくなかで、鳥の鳴き声とヒトの言語の意外な共通点にも気づかされました。
白眉プロジェクトでは、これまでの研究をより発展させ、鳥類のコミュニケーションの理解を深めるとともに、言語のような複雑な情報伝達がどのように進化したのか、その原理を明らかにしたいと考えています。また、生態学や進化学だけでなく、言語学や心理学、哲学など異分野の研究者とも積極的に議論を交わし、動物言語に関する新しい領域の開拓にも挑戦したいと思っています。
巣箱の前にカメラを構えてシジュウカラの行動観察
色足環を装着されたシジュウカラ