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私の専門は偏微分方程式で、特に平均曲率流方程式を中心に研究を行っている。平均曲率流方程式は、1950 年代に William W. Mullins によって提唱された金属の焼きなまし(加熱の後に少しずつ冷却する方法)における金属粒の境界(金属粒界)の運動を記述する方程式であり、その解である曲面は自身の面積を減らすように動くという性質を持っている。同様な性質を持っているものとしては石鹸膜がおそらく一番身近な物理現象であり、実際、平均曲率流方程式は石鹸膜の形状とも深いかかわりがある。
平均曲率流方程式の定常解に関する問題として、「与えられた針金の間に張る面積極小の曲面(極小曲面)は存在するのか?」というプラトー問題が挙げられる。図1のように、細かいことに目をつぶれば、針金の輪の間に張られた石鹸膜がその答えだと思えるし、実際 1930 年に Jesse Douglas、Tibor Rado によってこの問題はいくつかの仮定の下で解かれている。
では具体的に私は何を研究しているのかというと、上で述べたプラトー問題のように、対象となる偏微分方程式の解の存在証明とその性質の解析を主に行っている。解の存在性は偏微分方程式の数学的な研究として最初に取り組まれることのひとつであるが(ミレニアム懸賞問題(注1)の1つである、気体や液体等の運動を記述するナビエ-ストークス方程式の解の存在性は未解決問題として有名である)、この手の話を白眉セミナー等の異分野研究者の集まる場で話すと、大抵「我々は偏微分方程式を日常的に数値計算で解いているのに、なぜそんな自明なことを研究するのか?」といった質問が必ずと言っていいほど来る。というのも、数値計算では基本的に近似解を求めることになるが、スパコン等でもっと丁寧に時間をかけて計算すれば真の解に限りなく近づく、と思われるからであろう(そもそも真の解の存在を仮定してしまっているのが数学的には問題なのであるが)。数学においても非線形問題では、近似解を構成しその極限を考えることにより真の解を得る、といった議論をよく行うのであるが、そこで「(解の条件を満たす)極限は存在するのか?」といった問題が現れる。
この問題が自明ではないことを、たとえばプラトー問題で扱う極小曲面を近似の曲面の収束先として得ることが出来るかという問題を例に挙げて考えてみよう。つまり、真の解の形が全く分からなくても「与えられた針金に張っており、面積がどんどん小さくなる曲面 M1, M2, M3…を順に選んでくれば、極小曲面 M に限りなく近づく」という命題が正しいかどうかを考えればよく、直感的には正しいように思える。
この問題について、極めてシンプルな状況を考える。半径1㎝の円の形に丸めた針金Γに張る面積最小の曲面は平らな曲面、即ち平面で、その面積はπ(パイ)㎠である(図2)。しかも、「Γに張る面積π(パイ)㎠の曲面」はただ一つである。しかし、図3のように、「Γに張る面積π(パイ) +0.1㎠の曲面」はいくらでも作れるし、針のようなきわめて細い曲面を足し合わせれば、針の表面積は限りなく 0 に近いので、その形は剣山のようにすることだってできる。これは面積をπ(パイ) +0.01㎠等、どんどん小さくしていっても同様である。ゆえに、面積が小さくなる曲面 M1, M2, M3…を選んできたとしても、選び方によってはそれが正しく平面に近づくのかどうかはあまり自明ではないことがわかる。「トゲトゲした曲面を近似として選んでくるのはおかしい、平たくあるべきだ」というのはもっともらしい意見ではあるが、複雑な形状の針金を考えたときにはその針金に張る石鹸膜の形状もまた複雑となりうるし、様々な形状の極小曲面が見つかるので、「極小曲面は平たいはずだ、こうあるべきだ」と言い切って本当にいいのであろうか?この極限の存在についての問題は、実は幾何学的測度論と呼ばれる曲面を測度論的に扱う手法を用いれば解決することが出来る。
ところで、平均曲率流方程式の扱いの難しいところは、解が曲面であること、しかも図4のように特異点(この場合は、3枚の曲面が重なる部分)が存在する点が挙げられる。曲面がグラフで書けるのであれば、高さを y として y=f(x) 等としてしまえばよいが、ちぎれたり割れたりと目まぐるしく変わる曲面の運動をこのように書き表すのは難しい。また、特異点では曲面の接平面を定義できない(微分できない)ため、「微分」方程式の解のはずが微分できないものを解としていいのか?という問題が生じる。
それらの問題を解決する手段として、私は主にフェイズフィールド法や幾何学的測度論で平均曲率流方程式の解析を行っている。ここでいうフェイズフィールド法とは、Allen-Cahn 方程式を用いて平均曲率流方程式を近似する手法である。この手法は、曲面を記述する方程式を直接考えるのではなく、例えば容器の中に満たされた水(液体)と氷(固体) を記述する方程式を考えて、この氷の表面を解とみなすようなものである。前述の通り、平均曲率流方程式の解はその曲面積が小さくなるという性質があるが、氷が解けて表面積が小さくなることを考えれば、この手法は自然だと思える。
最近の私の仕事としては、平均曲率流方程式に滑らかでない外力が加わった場合、これをうまく近似するフェイズフィールド法を考案し、その近似解から弱解(数学的に意味のある広義解)が構成できることを示した。先行研究では、ある程度滑らかな外力でのみ証明が出来ていたが、要求する滑らかさを数学的に妥当なところまで下げることが出来た。今後は、得られた結果を用いて、細胞膜のモデル方程式等の解析を行いたいと考えている。
図1 カテノイドと呼ばれる極小曲面の形をしている。
図2、図3 2つの曲面の形は違うものの、面積はほぼ等しい。
図4 トリプルジャンクションを含む極小曲面の図。
注1:クレイ研究所によって発表された7つの問題で、100 万ドルの懸賞金が掛けられている。ポアンカレ予想はペレルマンによって解決されているが、残りは未解決である。
(たかさお けいすけ)