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「ウチュウセンの研究をしています」と話すと「え、スペースシャトルですか?」や「アポロですか?」と言われる。妻ですら「そろそろ私も宇宙旅行に行けるの?」と聞いてくる。そのたびにウチュウセンとは宇宙空間に存在する高エネルギーの放射線で、極限宇宙物理現象を解明する新たな “ 目 ”、すなわち次世代の天文学として期待されているすごいやつと説明するのだが、どうも伝わっていないようだ。ウチュウセンと話したときに「え、ニュートリノですか?」や「エネルギー領域は?」と質問されるような世の中になることを期待し、日々研究を進めている。
ここでのウチュウセン(宇宙線)は宇宙空間に存在する高エネルギーの放射線で、V.F. Hess によって 1912 年に発見された。平均で1秒間に1個が手のひらを通過する頻度で到来しているが、非常に小さいこと(1000 兆分の1メートル)とほぼ光速(秒速 30 万キロメートル = 1秒間に地球7周半)で移動することから残念ながら我々の目では見えない。そのため、宇宙線を観測できる装置を世界中に設置し、多くの研究機関が定常観測を実施している。そしてこれまでの宇宙線観測の中で、地上にある粒子加速器で到達できる最大加速エネルギーより7桁以上も大きいエネルギー(10 の 20 乗電子ボルト)の宇宙線が、地球へごく稀に到来していることが明らかになった。この宇宙線が私の研究対象であり、宇宙空間で最もエネルギーの高い粒子「極高エネルギー宇宙線」である。しかし、この莫大なエネルギーを持つ極高エネルギー宇宙線の起源はこれまでの研究では明らかになっておらず、現在宇宙物理学において大きな謎となっている。
宇宙線の起源を明らかにするにはその到来方向を調べることが重要である。しかし、宇宙線は荷電粒子であるため宇宙磁場で曲げられ、方向情報を失ってしまう。図1は、低エネルギー宇宙線と極高エネルギー宇宙線が宇宙空間をどのように進むかの概念図を示す。低エネルギー宇宙線は宇宙磁場によって曲げられるが、極高エネルギー宇宙線は宇宙磁場ではほとんど曲げられず、到来方向が起源天体を指し示すと考えられている。これが、宇宙空間最大のエネルギー現象を解明する新たな“目”、「極高エネルギー宇宙線天文学」である。
これまでの研究で起源が明らかになっていない原因は、極高エネルギー宇宙線の観測事象数が少ないことが挙げられる。低いエネルギー領域では頻繁に到来する宇宙線も、エネルギーが高くなるにつれ到来頻度が激減し、10 の 20 乗電子ボルトでは 100 平方 km に年間わずか1個しか到来しない。私の研究は、この極高エネルギー宇宙線をより多く捉えるための新型の大気蛍光望遠鏡の開発である。大気蛍光望遠鏡とは宇宙線が大気中で発する微弱な蛍光を捉える望遠鏡である。我々の開発している望遠鏡は、極高エネルギー領域の宇宙線観測に特化することで、一基あたりの製造コストを抑えた新しい設計になっている。図2に、開発中の新型大気蛍光望遠鏡と日米豪チェコの共同研究者との写真を示す。将来計画ではこの新型の望遠鏡を 20km 間隔でアレイ状に設置し、現在の極高エネルギー宇宙線への感度を1桁以上向上することで、極高エネルギー宇宙線がどの方向から多く到来しているかを明らかにする。そして、極高エネルギー宇宙線の観測から宇宙線の起源方向を特定することで、次世代の天文学である極高エネルギー宇宙線天文学を確立する。最近は、アメリカとアルゼンチンの夜光の少ない砂漠地帯に試作機を設置し、遠隔操作によって宇宙線の試験観測を続けている。
図 1:極高エネルギー宇宙線天文学の概念図。
宇宙磁場で曲がりにくい極高エネルギー宇宙線がどの方向から多く到来しているかを調べることにより、
極限宇宙物理現象を解明する新たな目、
すなわち次世代の天文学になることが期待されている。
© Ryuunosuke Takeshige and Toshihiro Fujii (Kyoto University)
図 2:開発中の新型大気蛍光望遠鏡と日米豪チェコの共同研究者
(ふじい としひろ)