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私が白眉センターの独立研究者として活動を始めてから、早いもので4年あまりの月日が経った。普段は広報方の仕事が多かったのではあるが、今回は、待望のニュースレター記事として執筆の機会を戴いたので、自分のこれまでにひたすら続けてきた独立研究を紹介できる場を貰うことができて、非常にありがたく感じている。
まずは私の来歴であるが、京都大学に入学してから、留学し、日本で CREST 助教をさせて頂いた後、特定准教授として現職にある。オランダやシカゴ、福岡で研究を行ってきた。そのなかで、神経生理学と呼ばれる分野のうち、パッチクランプと呼ばれる神経細胞一つ一つの電流や電位を直接計測する方法(電気生理学)と、イメージングと呼ばれる蛍光顕微鏡(共焦点および二光子顕微鏡)を使って、シナプス棘や複数の神経細胞の活動を脳組織切片と生きた動物の脳内で観察する技法を習得してきた。しかしながら、白眉研究者、すなわち一人の自立したPI 研究者として活動を始めるには、時機が早いわけではないし、潤沢なサポートがあったわけでもなかった。これまでに所属してきた研究室は、それぞれ立ち上げの時期にあり、研究室が波に乗るかどうかの最も重要なタイミングであった中で、PI と同僚のおかげで、なんとか最良の研究を成し遂げることができたと感じている。潮流の早い現代科学では「どのような環境に合っても、絶対に新たな概念を打ち立てて挑戦し続ける」、このようなスタンスをモットーとするべきだと感じた。今回は特に、業績として形に挙げられる自身の研究を紹介したい。
脳の中にはミクログリアと呼ばれる免疫細胞が在中する。このミクログリアは脳内では神経回路の形成に関わることや、シナプス伝達を調節したりすることが知られている。最近では、脳の炎症と精神疾患症状の発現は密接に関連していることが知られる。本研究では、微生物(細菌やウイルス) 感染などにみられる脳の炎症に注目し、動物の精神機能との関わりを調べた。
本研究では、小脳の主要な細胞であるプルキンエ細胞において、ミクログリア活動がプルキンエ細胞の発火頻度(注1)を持続的に変える興奮性可塑性を誘導することを見出した(Yamamoto / *Ohtsuki, Cell Reports, in press)。実験では、小脳切片から極細のガラス管を使って細胞一つ一つの電気応答を計測した。(時には神経細胞の微細構造である樹状突起(注2)からもガラス細管を使って電気応答を計測することが可能である。)長時間記録や薬剤投与実験を行うことで、炎症性物質に応答してミクログリア活性化すると、プルキンエ細胞の発火頻度が長期間、200% 程度も増加することが分かった。つまり、炎症が起こると、小脳では神経細胞は過度に興奮する。本研究では、この興奮性可塑性(注3)の誘導の仕組みと、その関連する分子シグナルの全貌を明らかにした。さらに、齧歯類の小脳内に炎症性物質を投与することで、人工的に急性小脳炎を起こしたところ、小脳が過興奮し、動物の精神行動(社交性、探索行動、強制水泳など)が、顕著に減退した。これは鬱様や自閉症様の症状であった。さらに、ミクログリアを脳内から除去することや、薬剤によって炎症性サイトカイン(注4)を抑制することによって、それらの動物行動異常を回復させることに成功した。また、小脳に炎症が起こると大脳の前頭前野との機能的な相関が異常に高まることも分かった。これらの結果は、小脳の炎症が、プルキンエ細胞の興奮性可塑性を誘導させることで、鬱様や自閉症様症状などの広汎性発達障害に見られる精神障害を呈することを示している。また、小脳の興奮性が「考えること」を司る前頭前野の興奮を変えることも示した。このことは霊長類の組織標本での知見に合致し、生体哺乳類での小脳と大脳に機能的連関があり、小脳の活動が動物のやる気や社交性など、高次脳機能に関わることを意味するという「驚きの結果」である。本研究は、白眉研究者とさきがけ研究者らとの共同研究で、自身が先導する独立研究を行うことができて嬉しく思う。
神経科学において、学習則と言えば、長期増強や長期抑圧といったシナプス可塑性を指す。しかしここに大きな疑問があった。「果たして、遠位(注5)の樹状突起で起きた一つ一つのシナプス電流は、神経細胞の細胞体に届いているのか?」
私はこれまでに小脳プルキンエ細胞の複数の樹状突起から全細胞記録に成功していた。(この技術は古い手法ではあるが、非常に難しく、世界レベルで成功者は少ない。)今回、細胞体と樹状突起から同時にシナプス電流を多数記録することで、プルキンエ細胞のシナプス電流の伝搬には到達距離に限界があることを見出した。遠位の樹状突起に起きるシナプス電流は、細胞体まで充分届かない。さらに驚くべきことに、上述の興奮性可塑性が誘導されると、細胞体に届くシナプス電流が大幅に増えることを見出した。このような興奮性可塑性が起こると、神経細胞は細胞体に届けるシナプス伝達情報の量を増加させる。つまり、神経細胞にはシナプス伝達の大きさを変化させる仕組みだけではなく、樹状突起毎にシナプス伝達の伝搬を変化させる可能性があることを意味する。神経細胞に入力されるシナプス入力は、実は樹状突起ごとに伝搬が取捨選択されているのではないだろうか?ここに新たな生理学的疑問が生まれた… 本研究は、京大発の、従来の学習(あるいは思考?!)の概念に加わる新しい発見であると思う(*Ohtsuki, in revision)。
これから独立研究者を目指す心積もりのある方々へのメッセージとして、自身の白眉研究で感じたことをお伝えしたい。白眉に合格した後は、それまでに取得した科研費若手(A)を合わせて使うことで、独立研究をスタートすることができた。しかしながら、これまでの研究背景と周囲の意見から、テーマを早々に変えなければならない状況に陥った。当初は、大脳皮質のクローン神経細胞の光学的イメージングと多細胞記録に挑戦する予定であったので、これは予測できない状況だった。結果、かつての研究に立ち返って、小脳興奮性可塑性に関する実験を始めることになった。しかしながら、独立研究と言いながら、特任助教時代に使わせていただくことができた高性能な機器も無いし、大学院生も一人として割り当てを望むことができなかった。外部の財団から支援いただいた助成金などで、やっとアルバイトを雇うことができた程度である。このような、客観的に見ても不利な立場で一体どのような研究を進められるのか?とても先が見えない有様であった。いかに白眉研究者といえども、支援を頂けなければ、まさに苦行と徒労に他ならない。周りに目を向けても、幸運にも支援を得られたごく一部の方々を除いて、日本にいる多くの若手研究者はこのような状況である(これでも恵まれた方である)。よく周囲から聞かされてきたのであるが、資金と人手不足に悩む本邦を反映しているのだと思う。私たちの世代も皆が必死なので、上述のように私たちは、手を取り合って助け合いながら、少ない予算でも世界的な発見に繋げられるように努力を続けてきた。その中でも諦めずに先陣を切って、未踏の研究にチャレンジする気概があるかどうかが、次の5年、10 年を導くカギとなると思う。
振り返ると、私が赴任したこの4年間でも、生命科学の流れとトピックの変化は激しかった。例えば、神経生物学の中で言うと、生体下イメージング技術、ミクログリア(神経免疫)、トランスクリプトーム、ヒト幹細胞などであろうか。機械学習などによる自動化された画像解析技術もよく見かける。今では、ミクログリアからアストロサイトや癌にも注目が移ってきた。データ解析能力と統計学が必要だとよくよく思う。ジャーナルの嗜好に流される必要はないが、真理の追求を目指して挑戦するしかない。結局は論文になるときに注目されているか、を考えなければならないが、余力とマンパワーのない若手には難しい舵取りが迫られるだろう。諦めず、未来を見る慧眼を養いたい。私は基礎研究を充実させることこそが、さまざまな難病の原因を特定・克服し、この社会をより明るく豊かにする一番の方法であると信じている。
おわりになりますが、これまで未熟な私たちを担当していただき、温かく見守ってくれた光山正雄名誉教授(元白眉センター長)、堀智孝名誉教授、(元プロジェクトマネージャー)、松本紘元総長をはじめとする京都大学白眉センター関係の多くの皆さま、京都大学のご理解・懐の広さには感謝しても足りません。かつての師たちへの感謝についても書き切れません。それらのおかげで、白眉期間に研究上の十分な発見と進展があったと実感しています。次の研究の機会に恵まれるのであれば、チームを得て、研究室環境の充実をアグレッシブに望み、自身の研究の進展こそが人類の知性の発展や、後進のさらなる発展の助力になることを信じて、邁進させていただきたい。それこそが国民の皆様方へのご理解・ご厚意への私なりの感謝の気持ちです。
(1)大脳皮質視覚野錐体細胞からの多数同時パッチクランプ記録微小なガラス電極を刺入して、
4個の蛍光タンパク質を発現させた神経細胞から同時に電気記録をしている。
(2)スペイン シッチェス Cell Symposium: Neuro-Immune Axis の学会で。(自撮りである。)