ガンダーラの高級娼婦像をみると東西文化交流がわかる(田辺 理/2022)

 古代のインドやガンダーラでは、高級娼婦をサンスクリット語でガニカー(gaṇikā)と呼んでいました。ガニカーは普通の売春婦ではなく、社会的地位の高い女性で、娼婦の中では最高級の存在でした。様々な技芸に精通した最高級の知識人、文化人、芸能人であり、美しい肢体と美貌を兼ね備えた若い娘だったのです。また、仏陀の生涯を記した仏伝によれば、仏教教団へ園林や精舎を寄進する布施は、国王や長者、大商人などが行っていますが、ガニカーの中にもそのような布施を行えるほど裕福な者がいました。ガニカーの客は、富裕で社会的身分も高い王侯貴族や大商人、金貸しなどの金持ちに限定され、そのような男と特定の契約を結んでいました。そのため、そのような男性パトロンから金品を巻き上げることができたガニカーは富裕となったのです。成功したガニカーの中には、大豪邸に住むものや、町のシンボル的存在として、人々に称賛、尊敬され、中には王妃になった者もいました。娼婦の中の最高級のガニカーが、彫刻家や画家のモデルとなったのにはこのような理由があったのです。

 本書を出版することによって、今後のガンダーラの仏教彫刻の研究を盛り上げ、ガンダーラ美術の研究者を増やしたいと思っています。ガンダーラの仏教彫刻を扱った書籍はこれまで多数出版されていますが、殆どの研究書が上述した「縦軸」の研究を中心に行われたものであり、「横軸」の研究が少ないのです。このような状況が、ガンダーラ美術研究の地平を萎縮させています。しかし、ガンダーラ美術には仏教という範疇を越える国際性がありますので、新たな分野の研究がまだ可能です。そのため、本書は脚注や参考文献表を載せた研究書の体裁をとっており、ガンダーラ仏教彫刻の研究に少しでも興味関心のある方や、学生に読んでいただきたいと思っています。本書を読むことで、ガンダーラの仏教美術の研究の楽しさを理解し、国際的でグローバルな視野を会得する若き人材が一人でも多く現れてくれれば幸甚です。

顎を掴む仕草はギリシアないしは帝政ローマの美術からガンダーラへ伝わってきた表現であり、求愛などを意味する。通常、男性が女性に行うが、本図の場合、娼婦が馴染みの客に行っている。男性の顎を掴む女性(出土地不明 平山郁夫シルクロード美術館蔵/田辺勝美(編)『平山コレクションガンダーラ佛教美術』講談社, 2007, Fig. I-59.)

著書紹介

ガンダーラの高級娼婦たち
ガンダーラの仏教彫刻に表現された貴婦人像のモデルを求めて

柳原出版/9000円+ 税
2022年11月30日刊行予定

本書は娼婦の生態を詳述したものではありません。これまで内外の研究者が取り上げなかったガンダーラの高級娼婦に注目して、仏教美術とシルクロードの東西文化交流を考究した真面目な研究書です。本書を繙けば、新鮮で興味深い知の地平が開けることでしょう。

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