アフリカで調べる魚類の社会(佐藤駿/2023)
第13期 特定助教(理学研究科) 佐藤駿
僕は修士課程1年の時から東アフリカ・ザンビア共和国の北部に位置する古代湖タンガニイカ湖で野外調査を行っている。僕はザンビアが大好きである。その理由はなにより、カワスズメ科魚類がタンガニイカ湖には250種以上生息しているからである。カワスズメ科魚類オタである僕にとって宝石の海で泳ぐ気分である。また、ここにいると時間の流れがゆっくりと感じられる。1日の半分が停電になることもあり、メールの返信を忘れていても怒られることもない。独特の包容力があり、JSPS(日本学術振興会)の特別研究員に落選した時には、湖に向かって「ふざけんなァァァ」と叫んだが、そこに住むサカナも現地の友人も優しく受け止めてくれた。ような気がする。
現地には日本人調査隊が拠点とする研究所があり、そこからタンガニイカ湖沿岸の各調査地に向けて船で行き、潜水調査をするのが通例だ。昨年の調査では、現地の漁師が使う木製の手漕ぎボートに潜水器材を積み込んで、調査に向かった。湖の上をちんたらと、風に吹かれ、波に揺られ、スマホから流れるYo La TengoのTom Courtenayを聴きながら船を進めることは、形容し難い多幸感をもたらしてくれる。しかし、このボートは調査地に着く前に水没し始めた。船の手配を頼んだチヤンマ氏がかなりオンボロの船を持ってきたようだった。なんとか陸地に辿り着き、油の染み込んだ布を水漏れ箇所に押し込んで補修し、タイタニック号と命名した。ちょっとウケた。このチヤンマ氏は今年で9年目の付き合いで、日本人調査隊がタンガニイカに到着するとフラフラとやってきて、調査を手伝ってくれる。もう70歳近くで、ローデシア紛争には少年ゲリラとして従軍したらしい。森の中で煙を立てず敵に見つからないように酒を蒸留する方法を教えてくれた。現地の友人とはここでは語りきれない思い出がある。いつまでもみんな元気でいてほしい。


いま僕はコロナ禍で二年間フィールドワークを行えなかったからこそ、その尊さを感じている。フィールドワークの意義は、言うまでもなく生物がそこで生きているからである。生き物が生活する場に研究者自身が赴き、彼らを観察し、定量化することはダーウィン以前から連なる生物学の基本である。また、研究の対象となる生物と同じ空気や水、ときには食べ物すらも共有することで得られる我々の“自然観”は、生物学の発展になくてはならないものである。しかし、こうしたフィールドワークは今、世界中で冷遇されている。それだけでなく、フィールドワークには多くの危険が伴う。日本でも潜水調査中に何人もの研究者が命を落としてきた。リスクを負わないという意思決定がなされるならば、今後フィールドワークはやらない方がいい、となっていくのだろう。
さらに、僕のように海外でもフィールドワークを主とする研究者にとって、コロナ禍のように国際情勢もそのキャリアパスに大きな影響を与えうる。このエッセイを書くにあたり、白眉同期の虫賀さんからは「コロナをどう乗り切ったか」書いてほしいと言われた。が、客観的にみて僕の場合、乗り越えることはできず、コロナ禍という未曾有の災害に打ちひしがれ、アフリカに行けないという事実に絶望し、鬱っぽくなり、ずっとPCゲームをしていたら、いつの間にかコロナ禍が終わろうとしていた、という具合だ。僕はずっとここに居たい(このエッセイはアフリカから書いている)。僕にとってフィールドに出ずに生物を理解することは不可能である。イヤだイヤだイヤだ。フィールドワークができないなんてイヤだイヤだ。
