モンゴル国で匈奴の形跡を探して(大谷育恵/2023)

第12期 特定助教(人文科学研究所) 大谷育恵 

 白眉研究のテーマ「考古資料に基づいた漢対匈奴交渉と匈奴社会の解明」の一環として、2022年夏からモンゴル国北部のセレンゲ県エロー郡で発掘調査を行っています。

 司馬遷が編纂した『史記』などに記録が残る匈奴は、紀元前3世紀頃から紀元後1世紀にかけてモンゴル高原を占めた北方遊牧民族で、前漢前期には漢をもしのぐ勢力を持っていたといわれています。漢人の目からみた匈奴の歴史や習俗は上記『史記』などの史料で伝わっているものの、どのようにして「草原最初の遊牧帝国」といわれるような強力な政権を築いていったのか、実際の匈奴人の生活がどのようなものであったのかなど、その実像については不明な点が多くあります。したがって、2022年夏にはこれまで調査が手薄であったセレンゲ県で匈奴時代の墓の調査を行って、その埋葬習俗を確認すると同時に、そこに葬られていた人の健康状態や身体的特徴を人骨の分析を通して明らかにしようとしています。そして2023年夏からは、その付近で新たに発見した城址の発掘を開始し、匈奴人の生活の場であった城内の住居址や壕の調査を行っています。発掘調査期間中は、遺跡付近の草原にゲルとテントをたてて、降雨時以外は何かしら発掘調査や生活環境維持の仕事のある忙しい時間を過ごすことになります。

 幸いにも2022年度夏からは発掘調査が実施できたものの、白眉に採用された2021年10月には新型コロナウイルス感染症の世界的な流行のため、先が見通せない状況でした。考古学は発掘調査を通して新たなデータの取得と蓄積を進めてゆく必要がありますが、その基礎作業の部分はリモートワークに置き換えることは困難です。ようやく移動の制限も解け、研究交流を再開してゆけると思った2022年の夏でしたが、冬からはロシアのウクライナ侵攻が始まり、予想していなかった事態に直面しています。匈奴の遺跡の1/3は現在のロシア連邦ブリヤート共和国内にあり、同地はまた動員を巡って揺れています。発掘調査では、モンゴル国で考古学や歴史を学ぶ大学生も作業員として参加してもらっていますが、様々な事情でモンゴル国へ逃れてきている学生も雇用しました。当初思い描いていた5年間の研究計画のとおりとはなっていませんが、研究を継続できていることを幸せに思っています。