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話は今から8年前にさかのぼる。京大時計台記念館での和やかな伯楽面接を終え、少しリラックスした気持ちで隣の部屋の扉を開いた僕は、大きな机の向こう側に座られている松本紘元総長と強面のガードマンの方(に見えたが、後で有名な理事の先生と知る)の威圧感にまず固唾を呑んだ。そして、面接の冒頭で尋ねられたのがこの言葉だ。「君の研究はヘルスケアに関わるんだろう。その研究が進み、寿命が延びて人口が増えれば地球環境に悪影響を及ぼすかもしれない。君の研究は、地球を救えるのか?」このような問いであったと思う。どのように返答したかは、あまり覚えていない。目の前の研究を着実に進めることで、それが将来地球を救うことにつながるかもしれない、そんなことを無我夢中で答えた気がする。意気消沈して時計台を後にしたが、その後幸いにも白眉第1期生として採用され、本当にかけがえのない仲間とめぐりあえた。昼は非日常的な研究の現場を体験し、夜は皆で杯を酌み交わし自由に熱く語り合った屋久島。「四十歳で五つの会社の社長になる」という著書を一人に何冊も配ってくださり、思いを1時間以上ぶっ通しで語ってくれた船井電気の船井哲良元会長との親睦会。異分野の話に心がピクピクし、自分の無知を恥じることなく率直に意見をぶつけあった研究会。それまでの僕の狭い世界の想像におさまりきらないすごい研究者たち、また人間的にも尊敬できる仲間に出会えたのは、何ものにも代え難い貴重な経験だった。そして強烈な個性を持つ白眉の個々人からなるネットワークは今後も広がり続け、僕らの予想を遥かに超える強力な絆になりえると思う。
幸いにも僕は今、京都大学iPS 細胞研究所で研究を続けられている。この4月からは副所長、学系長という身の丈に合わない仕事を任されることになった。いろいろなことを経験できる環境に感謝しつつも、研究に費やす時間が減っていることにオロオロしながら、今しかできない面白い研究を成し遂げ、その苦労と興奮を研究室のメンバーと共有しようと心に決め、日々を過ごしている。ちなみに、「研究室の人たちを育てたければ、苦労をしっかり共有しなさい。」と言ってくださったのは堀先生 (白眉前プログラムマネージャー)だ。苦労を共有するには覚悟がいる。その気概をもてと暗に堀先生は言ってくださった気がする。こんな感じで白眉時代の何気ない会話や共有した空間を、ふとした日常の最中に思い出す。冒頭の松本元総長の言葉もその一つだ。これは繰り返し僕の頭に巡ってくる嫌ではない難問だ。そもそも僕は、「地球に優しい」という表現にどこか人間の奢りが感じられ好きではないのだが、この質問は、そのような嫌悪感を感じさせず、何かまだ答えは見いだせていないが自身の研究の指針になる予感がしている。地球を救えるかはわからないが、いつか自分の研究を通じ、子供たちの世代が幸せを感じられる社会作りに貢献できたらいい。これが今素直に心に浮かぶ、ぼんやりした野望だ。
(さいとう ひろひで)