| ENGLISH |
白眉プロジェクトで京都にやってきて、人生には予想もしない展開があるのだと思い知った3年間だった。研究に限っていえば、当初は、新たに稼働する3台のX線宇宙望遠鏡を駆使して、中性子星という宇宙最強の磁石星の研究を行う予定であった。3つの望遠鏡は、日本の宇宙科学のフラグシップ(旗艦)と目されていた天文衛星「ひとみ」(打ち上げ前はASTRO-Hと呼称)、世界で初めてのX線偏光の専門衛星PRAXyS、そして米国時代に心血を注いできたNICERという国際宇宙ステーション搭載の大面積X線望遠鏡の3つである。宇宙科学では、厚い大気の外に出ないと観測ができない、もしくは難しいため、人工衛星、ロケット、気球といった、飛翔体を使った観測が重要になる。しかしこの飛翔体による研究は、予算額も大きく、修理に行けないために技術的に難しく、思った通りに進まないことがよくある。この難しさは肌身で感じてきた。実際、3台の宇宙望遠鏡のうち、ひとみ衛星は初期観測の一部が終わった段階で姿勢制御系の不具合で失われ、PRAXySは選考過程で採択されずNICERはSpaceX社のロケット事故を受けて打ち上げが延期された。3台のうち2台は想定外に使えなくなってしまったもののNICERは遅れつつも 2017 年 6 月 3 日に再利用可能なファルコン9ロケットで打ち上げられ、無事に国際宇宙ステーションに運ばれ、今は元気に宇宙観測を行っている。
宇宙観測は主要な研究テーマであるが、大学院生時代から、もうひとつの研究対象を持っていた。それは「雷雲からのガンマ線」の観測的研究だ。1990年代から、雷や雷雲に伴う高エネルギー現象が発見されるようになってきていた。たとえば、雷に同期して大気上空にガンマ線のフラッシュが放たれるTerrestrial Gamma-ray Flash (TGF)という現象は、宇宙の遙か遠方で起きるガンマ線バーストを狙っていた天文衛星が発見したもので、今では地球科学の活発な観測対象になっている。実は日本でも、冬になると北陸沿岸に発達した雷雲が到来し、強力な冬季雷を起こす。この雷雲が到来すると、原子力発電所の放射線モニタリングポストが信号を記録することは報告されていたので、これを詳しく調べてやろうというのが私の修士論文であった。宇宙科学の研究室であったのに、よく修士論文で雷雲や雷をテーマにした研究が許されたものだと今では感謝している。実際に冬季雷雲に伴って高エネルギーのガンマ線の検出に成功し、以後、こういった事例がたくさん観測されるようになってきた。雷雲の中には強い電場があって、そこで電子が相対論的なエネルギーまで加速され、大気にぶつかってガンマ線を出すものと考えられている。白眉プロジェクトには自由な研究風土があり、北陸にも近いので、宇宙科学と同時に雷雲の研究もやってみようとは思っていた。実際、検出器の技術は共通しているので、大規模な宇宙観測プロジェクトに至るまでの練習、教育的な視点でも良い小規模プロジェクトだと思っている。少しずつこの隠れた野望を進めていたのだが、残念なことに科研費の提案が採択されず、そのことを白眉合宿の話題でちらっと話したら、生物学を研究している白眉の同期から「学術系クラウドファンディングというのがここ数年で立ち上がってきたから挑戦してみては?」と薦められた。「まずはやってみよう」という精神は貴重で、そこからはトントン拍子に話が進んで、あれよあれよという間にクラウドファンディングで予算が集まり、優秀なチームメンバーの仲間たちが結集して検出器の製作が進み、金沢や小松の高校や大学、科学館のサポートも得て、夢に描いていた多地点の観測網を構築することができた。そこから思いもよらないことに、雷放電に伴う光核反応を検出することができ、チームの総力を挙げ、いろいろな人に助けられながらNature論文としてまとめあげることができたのは自分でも驚きであった。その科学的成果は他の箇所でも説明されているので、裏話をもう少し進めたいが、白眉プロジェクトの自由で、やってみなはれ、な精神がもたらしてくれたものは大きい。
この一連の経験で、他の誰も見たことのない現象に挑戦し、チームメンバーとの議論や、ランニング中の考察などを繰り返しながら、自然の不思議を明らかにしていく過程の面白さを心底、再認識した。これは面白い。本当に面白い。そして、論文を書く楽しさを学んだ。ちゃんと他の人に伝えたいと強く思った時、論文の一語一句を舐めるように考え、石の塊から美しい彫刻を削り出していくような印象だった。石の塊(サイエンスの内容)は同じでも、ちゃんと考え彫り込んでいくと、彫刻はさらに美しく(わかりやすく)なる。恥ずかしいことに、いままでの自分はこれができていなかった。これからはもっと精進したいと思っている。いまは宇宙望遠鏡を使った「宇宙」を狙う大規模プロジェクトと、小型の放射線測定器を駆使した「地球」を調べる小規模プロジェクトを行ったり来たりしている。2つのテーマを同時に進めることはとても大変だけど、それぞれに思い詰め過ぎずに進めることができるという心の余裕も生まれる。新しい自然の謎にまた出会い、この3年間のような素敵な体験に、またどこか挑戦したい。
ケネディ宇宙センターでの NICER の打ち上げ前。遠くにロケットが見える。
京都のTAC社と開発した可搬型の放射線検出器。
(えのと てるあき)