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「あかっかね〜」
まだ 1 歳半の私は、飛行機の中から滑走路の誘導灯を見て、母に語りかけたのだという。その時、私は「光」の存在を初めて認識したのではないかと思う。「光」と言えば、高校生の頃、金属の炎色反応に魅せられて、研究者になろうと思ったのだ。色んな巡りあわせの中で、気が付けば、私は今、その「光」の研究をしている。
半導体レーザは、その誕生から 50 年が過ぎ、パソコンの中、プリンタの中、今やありとあらゆる民生機器の中に、当たり前のように利用されている。パソコンの中にある CD や DVD、Blu-ray と言った光学ドライブは、半導体レーザをディスクに集光して照射し、その反射光からディスク上に書き込まれた情報を読み書きしている。ディスクに「どれだけの情報を書き込めるか」は、レーザ光が「どこまで小さな点に集められるか」に関係する。レーザ光をより小さな点に集めるためには、より波長の短いものを、と言う発想で、赤色(波長 780 nm 帯)の CD から、 青色(波長 405 nm 帯)の Blu-ray へと変化してきた。レーザ光を一点に集める限界は、その光の色(波長)で決まってしまうからである。
一方で、半導体レーザ構造中に、「フォトニック結晶」 と呼ばれる光の波長程度の間隔で異なる媒質(例えば空気孔)を並べたナノ構造を作製したもの、これが私の作製している「フォトニック結晶レーザ」である。この半導体レーザが、通常のものとひと味もふた味も違うのは、「フォトニック結晶」がレーザ光を発するために重要な「光共振器」の役割を担うという点にある。フォトニック結晶の空気孔の間隔に対応した波長の光が増幅され、レーザ光として発振する。そのフォトニック結晶の構造を変えるだけで、出射するレーザ光のビーム形状を自在に操ることもできる。
「いろんなビーム形状があって何が嬉しいの?」となって登場するのが、私の研究である。変わった形状のビームを利用することで、レーザ光の色を変える方法ではなくして、ビームをより小さく集めることが可能になるのだ。特に注目してきたのは、「ドーナッツ形状」のビームである。「なぜドーナッツ形状であるか?」というところが、まず面白いところである。レーザビーム断面の中心において、「偏光」や「位相」といった光の性質に特異点が存在すると、ビーム形状は中心の暗いドーナッツ形状になるのだ。 中心に特異点が生じれば良いので、様々なドーナッツビームが存在する。例えば、図のように、偏光がグルグルと円周上で 1 回転、2 回転、3 回転と回転しているような状態を考えることができる。このような偏光が回転しているビームをレンズで集める、すなわち「集光」すると、偏光の分布に応じた様々な集光点が作られる。中でも、1 回転の「径偏光」と呼ばれる偏光が車輪の輻(や)のように揃ったものは、集光すると、ビームの伝搬する方向に振動(偏光)した成分を形成することができる。
さらに、この成分のみを取り出すように、ビーム形状をドーナッツ形状から天使の輪のような幅の狭いリング形状に変えると、波長よりも小さな集光点を、波長よりも長い距離の間全くボケずに得ることができる。波長より小さな点に集められることは、先述のように応用上有意義なことである。一方で、通常の光は横波(ビームが伝搬する方向に垂直な面内に偏光している)なので、この集光場は縦波という大変新奇な状態にある。このような状態が応用上どういう効果をもたらすのか、解明したいというのが白眉研究者として取り組んでいきたいテーマのひとつである。
さて、するすると研究テーマの紹介をしてきたのだが、 実際の研究の現場では、フォトニック結晶レーザを作るというのが、大変骨の折れる作業である。作製工程そのものの多さもさることながら、失敗も多い。ようやく 3 週間くらいかけて、出来上がったレーザが、いざ測ってみると、まったくレーザ発振しなかったこともある。乾燥したクリーンルームでの作業が続くと、肌も荒れる。日々の研究生活での大きな支えとなるのは、研究室にいる素晴らしい先生方、同僚、 そして個性豊かな学生たちの元気な姿である。
白眉の面接で、「色」という漢字を見て、咄嗟に「identity」と答えた。京都大学の構成員となって、もうすぐ干支が一回りする。さまざまな個性(色)を持った人が集まり、混ざり合うことで、光り輝く場所となる、そんな日々を送っている。そう感じるとき、「光」の研究をやっていて良かったなと思わされるのである。
さまざまな偏光をもつドーナッツビーム(上段:解析結果、下段:模式図)
色は強度を、矢印はある瞬間の偏光方向を表す。
(きたむら きょうこ)