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「足で稼ぐ天文学者」とは、私が自分の研究スタイルを誰かに説明する際によく使うフレーズです。天文学者と一口に言っても、データ解析が得意な人もいれば複雑な数学を巧みに操る人もいますし、観測装置の開発に独創性を発揮する人もいます。たくさんの優秀な天文学者が己の武器を磨きながらそれぞれの研究スタイルで活発な研究活動を展開する中、いったい自分には何ができるのだろうかと途方に暮れることがあります。しかしよく考えてみると、自分にできないことをできる人がたくさんいるという状況は、困った時に質問したり相談したりできる人がたくさんいるという素晴らしい状況でもあります。そこで私は、様々な研究者の方とできるだけ幅広く交流や議論を行いながら研究を進めるスタイルにこだわるようにしています。そうすると必然的に国内外の出張が増えるため、 いつしか「足で稼ぐ」というフレーズを使うようになった、 という次第です。昨年の夏にも 3 週間ほどヨーロッパ出張に出かけてきましたので、ここでその出張の様子をご紹介したいと思います。
最初に訪れたのは、私が博士号取得後に 2 年半の研究員生活を過ごした、イタリアのフィレンツェです。共同研究者の Marconi 氏(フィレンツェ大学)は巨大ブラックホールの質量測定で世界的に著名な方で、今回の訪問中にも巨大ブラックホールに起因する諸現象について意見交換を行いました。特に、昨年末に運用が始まった巨大電波干渉計であるアルマ望遠鏡(チリ共和国)に対する観測公募締切を目前に控えていたこともあり、新しいアイデアを出すべく議論を重ねました。新しいアイデアというのはメールでの議論を重ねてもなかなか生まれるものではないのですが、不思議なことにこうして直接会って雑談めいた会話を続けていると、意外な話題から新しいアイデアが出てくるものです。
フィレンツェからバスに 2 時間ほど乗って次に向かったのは、トスカーナワインで有名なモンタルチーノの近くにあるスピネトです。ここでは銀河の化学組成に関する国際研究会に出席したのですが、招待講演者だけが参加する滞在型の研究会という珍しいスタイルのおかげもあって、関連研究者と非常に突っ込んだ意見交換を進めることができました。私はアルマ望遠鏡を用いた遠方銀河の重元素量診断に関する最近の結果を発表したのですが、元素組成比に関して近傍宇宙で仮定される条件を遠方宇宙にそのまま適応すると危険かもしれない、などいくつかの具体的なアドバイスやコメントをいただくことができたのは収穫でした。
スピネトでの国際研究会中の、夕食イベントの様子セッション中とは違った雰囲気の中、
研究に関係することだけでなく様々な会話を多くの方々と楽しめます。
研究会が終わるとすぐに飛行機でイギリスに向かい、 ケンブリッジ大学の Maiolino 教授(キャベンディッシュ研究所)の研究室を訪問しました。ここでもアルマ望遠鏡への研究提案について議論を深め、観測感度の定量的な見積や提案文書作成の相談などを進めました。世界最高性能を持つ電波干渉計であるアルマ望遠鏡の望遠鏡時間を獲得することは大変難しく、倍率 10 倍近くにもなる国際研究公募に応募して審査を突破する必要があります。 そのため、ケンブリッジ大学の研究員の方々にも相談に乗っていただきながら、みんなで説得力のある観測提案を練り上げました。メールや TV 会議システムが発達した現在ではありますが、このように顔と顔を突き合わせながら相談を進めるというのは意外と重要なものです。今回の訪問中にも改めて感じたことですが、効率や費用対効果の良さだけを追求して研究を進めていては見落としてしまうこともある、ということなのでしょうね。
イギリスから再びイタリアに戻り、ローマにて開催された遠方銀河の電波観測に関する国際研究会に出席しました。実は私は京都大学に異動してきてから電波観測による研究を始めたため、この分野については恥ずかしながらほとんど素人同然という状況です。そんな私にとっては、 こうした国際研究会は最前線での研究の動向を一度に把握する絶好のチャンスです。実は遠方銀河の電波観測に関しては非常に強力な研究グループがヨーロッパにあるのですが、豊富なデータをもとに遠方銀河における分子ガスの研究が進められている様子を目の当たりにして、ただただ圧倒されてしまうばかりでした。しかし、私が注目している電離ガスについての電波観測は意外とまだ手つかずの課題がたくさんあるようにも感じられ、自身の今後の研究の方向性をポジティブに考える上で大変よい勉強ができました。
このように駆け足でヨーロッパの各都市をまわった 3 週間でしたが、多くの方々との議論を通して様々な観点から研究計画の議論を深めることができ、非常に有意義な時間を過ごすことができました。こうした「足で稼ぐ」研究スタイルで進めていくには自由に国内外の出張を計画できるような環境が必要ですが、白眉プロジェクトはまさにそうしたスタイルを可能にする環境を私に与えてくれました。自身のおかれた恵まれた環境に感謝しながら、もうしばらく私はこのスタイルで天文学研究を続けていこうと考えています。
(ながお とおる)