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今回の「ポスト白眉の日常」は、通常のスタイルとは異なり、白眉センター在職中から継続している私たちの活動報告を兼ねて、3人の連名でお届けします。2018 年9月、私たちはオランダ・アムステルダムで行われた国際会議 "Cultural Mobilization: Cultural Consciousness-raising and National Movements in Europe and the World"(9月 19 日~ 21 日開催)にそろって参加してきました。ナショナリズムと文化ないしは文化に対する意識形成との歴史的な関係性を主題とするこの国際会議において、私たちはナショナリズムと「美」の関係に注目し、"Imag(e)ing Nationalism: Nationalist Aesthetics and Transcultural Flows" と い うパネルを組みました。ここで目指したのは、あるネイションに特有の美を表象する文化的所産と見なされてきた芸術作品や物質文化を、越境性の視点から――しかも学際的に――分 析することでした。
私たちの共同作業の始まりは、2015 年度にポケゼミ(1 回生向けの入門ゼミ)を計画したことに遡ります。このときは、「「越境」の男女関係から読み解く人文学――エロスは何を越 えるか:映画とイスラームと港とオペラ」という長い題目のゼミを、王柳蘭さん(4期;同志社大学グローバル地域文化学部)を加えた4人で開講しました。前期の間、毎週、授業に向けて4人で準備し、4人でゼミを行い、さらに授業後も4人で反省会。
ミャンマー、タイ、中国雲南省をフィールドとする文化人類学の王さんと、南インドの港町を研究する歴史学の和田、戦後の日本映画が専門のジェニファー、西洋音楽史の小石。この、一見バラバラな4人が毎週毎週顔を合わせて議論を重ねていると、当初の予想をはるかに超えてどんどん視野が広がっていくのです。それこそ、まさに「白眉的」なワクワクの連続でした。
こんな刺激的な経験をわずか半年で終わらせるなんて、もったいないどころではありません。そこで企画したのが、2016 年1月の第3回白眉シンポジウム「邂逅の作用反作用: 歴史・芸術・フィールドの視角から」です。当日は記録的な大寒波に見舞われましたが、それにもかかわらず大盛況で、活発な議論が展開されました。このシンポジウムは、ゼミ担当の4人に加えて、中西竜也さん(3期;京都大学人文科学研究所)と置田清和さん(5期;上智大学国際教養学部)の協力も得て、白眉初の共同研究の成果報告書『他者との邂逅は何をもたらすのか――「異文化接触」を再考する』(昭和堂、2017)へと結実します。
本書の執筆・ 編纂と相前後して、私たち3人もそれぞれ岡山大学、関西学院大学、セインズベリー日本藝術研究所へと、順次白眉を巣立つことになりました。それでも私たちは、ジェニファーが日本を離れる 2018 年3月まで、月1回を目標になるべく顔を合わせて議論を継続してきました。そして、冒頭に述べた国際会議への参加に至ったのです。
さて、上述のように、このときのパネルでは越境性をキーワードのひとつとしていましたが、実のところ、今回は私たち自身が物理的・空間的な「越境」の難しさを体感することにもなりました。2018 年9月といえば、西日本が強力な台風 21 号に見舞われ甚大な被害を受けたこと、とりわけ関西国際空港が水浸しになり、2週間以上にわたって閉鎖されたことを、ご記憶の方も多いと思います。関空からの出発を予定していた和田と小石も、この非常事態に巻き込まれ、翻弄される羽目に陥りました。二人が予約していた便は9月 17 日発の KLM 航空。もちろん台風当日の9月5日からニュースには注目していましたが、まさか 10 日以上も先の便にまで影響があるとは思いもよりませんでした。ところが実際には、台風から1週間経っても、果たして私たちの便は飛ぶのか飛ばないのか、まったくわからなかったのです。どうにも身動きが取れず、やきもきしながら情況の推移を見守るしかないなかで、他の空港発のヨーロッパ行きの便も次々と満席になっていきます。とにかく会議に参加できない最悪の事態だけは避けようと、二人で相談して、香港乗り換えの名古屋発キャセイパシフィック航空の便を押さえ、そうこうしているうちに、ついに KLM の欠航が決定しました。ところが、これとほぼ時を同じくして、なんと今度は、次の台風 22 号が香港を直撃し、保険のはずのキャセイ便までもが欠航してしまったのです。こうしてまたもや代替便の手配に奔走せざるを得なくなった二人が、何とか便を確保することができたのは、15 日の午後でした。結局、小石は名古屋からのヘルシンキ経由便、和田は前日に陸路で成田に移動した末のパリ経由便でアムステルダムに向かいました。こんな二人が奇跡的に再会できたのは、あろうことかスキポール空港の数あるトイレのうちのひとつでした。そして、とっぷりと日の暮れたオランダの道をバスに揺られながら、二人揃って無事ここまでたどり着けたことに、ほんの2週間前までは想像もしていなかったほどの喜びと安堵を覚えたものです。
さて一方、イギリスはノーリッチに本拠を構えたジェニファーはというと、最寄りの空港からスキポールまでは直行便でわずか 30 分、自宅からオランダの宿までのdoor to door でも1時間半とのこと。このように再会に至る道程はバラバラになりましたが、一旦顔を合わせれば、これまで培った蓄積があります。当日のパネル・ディスカッションでは、息の合った議論ができたと思います。私たちの共同研究は、学問分野の枠を「越境」して刺激し 合う、白眉ならではの環境から生まれました。各々が研究の場を他所に移した現在、ときには大変な距離を「越境」する必要はありますが、これからも何らかの形でこの活動を続けていきたいと考えています。
国際会議の会場となったアムステルダム大学図書館
パネルの打ち合わせをするコーツ
(こいし かつら / こーつ じぇにふぁー / わだ いくこ)