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【腎臓病を治すために今何が必要なのか】
病気を治すとはどういうことだろうか。その病気の原因(病因) を突き止めることができると、その原因をターゲットにした治療法が開発できる。昔は恐ろしい病気だった感染症は抗生物質の発見によってほぼ克服され、肝炎ウイルスの発見と感染予防法の確立によって肝臓病の患者数は激減した。癌ですら、ある程度コントロール可能になった現在、腎臓病はというと、根本的な治療法が未だにない病気である。その一番の原因は、やはり一言で語れるような病因がまだ見つかっていないことであろう。
一方では腎臓病は増え続けており、成人の 10 人に 1 人が慢性腎臓病と言われるように、今や国民病となっている。既存の「腎臓病治療薬」は、腎不全の進行を少し遅らせたり、腎臓の働きを少し助けたりすることはできるが、痛んだ腎臓を元通りピカピカにするような治療法ではない。今必要なのは、現存の治療法に満足せず、腎臓病の病因、病態を明らかにして、根本的な治療法を開発することである。
京都大学を訪れたアメリカ腎臓学会会長 Joseph Bonventre 教授(前列中央)を囲むラボメンバー
(前列着席左は、薬学研究科大学院生の中川さん)。前列着席右が筆者。
【私が今取り組んでいる課題】
最近、私の研究室では、腎臓病を悪化させる分子 “USAG-1” を同定した。マウスでこの分子が働かないようにすると、腎臓病が進行せず、腎不全に陥らないことが分かったのである。この結果から、USAG-1 を標的とした治療薬を開発すると、腎不全の進行を抑制することができる可能性があると考えられる。私の研究室では現在 USAG-1 の働きを抑制するような薬剤を製薬企業と共同で開発しているが、USAG-1 の発現が腎臓に限局していることから、このような薬剤は他の臓器への副作用が少ないことが期待される。
もうひとつのプロジェクトとしては、腎臓の線維化(せんいか) の仕組みを明らかにしようと試みている。慢性腎臓病が進行すると、その原因によらず線維化を来たし、線維化とともに回復や再生は困難になる。線維化を抑制し、腎機能を保持するような薬剤が開発できれば、透析を回避できる症例が出てくる可能性もあり、 国民の健康に与える影響は計り知れない。
【患者さんが教えてくれること】
医師と研究者は似て非なるものである。医師の仕事には現在の診療指針に基づくベストの医療を患者さんに提供するという明確な道標がある。一方で、研究生活は往々にして予想通りには進まず、 道に迷っているかと見せて、予想外の面白い結果に結びついていく。 全く違う二つを両立するのは難しいけれども、私にとっては、どちらも必要なものである。
話は飛ぶようだが、レオナルド・ダ・ヴィンチは、芸術は科学知識に基づく創造的行為だと考え、30体以上の解剖を行った。解剖を通して人体の各部の形態を詳細に調べることでその機能を知ることができると考えたのである。私も、実験に迷ったときには必ず患者さんの腎臓の組織標本をみる。そして実験仮説と臨床が合致しない場合、結局、正しいのはいつも臨床だったと後から思い知らされる。私たちは患者さんの体から学び続ける必要があるのである。
【オープンラボの魅力】
最後に私の研究室とそのメンバーについて。私の研究室は医学部構内の古い建物にある。この建物はオープンラボになっていて、若手研究者をプロジェクトリーダーとする13チームがひしめき合う。 チームあたりのスペースはとても狭く、動物だったら絶対にけんかしそうなものだけれども、この13チームは仲がよい。建物は古いが、機器は最新型なのも有り難い。
私のチームは大学院生4名、大学生3名からなる若いラボである。 彼らは実験し、議論し、時に雑談し、また実験に戻る。飲みに行き、 盛り上がり、リフレッシュし、また実験する。さまざまに背景の異なる人間が、「知りたい気持ち」を共有して 1 日 12 時間近くを一緒に過ごしている。
廊下に出ると、隣近所のラボのシステムバイオロジスト、エピジェネティックスや iPS 細胞、イメージングの専門家に会う。全く違う分野の専門家たちと立ち話をするうちに、新しいアイデアがわいてくる。個々の研究者が自分の研究に喜びを感じているからこそ、互いの研究を尊重し、協力し、その成功を一緒に喜べる空気がここにはある。この空気は白眉にも共通するものだ。問題があるとすれば、いったんこの生活を経験すると、出ていきたくなくなることだ。
(やなぎた もとこ)