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現在 “新規核小体の機能解明” というタイトルのもと白眉プロジェクトで研究を行っている。我々ヒトの体は約 200 種類の 60 兆個もの細胞から構成され、 その細胞一つ一つに様々な細胞小器官、構造体が存在し、細胞の代謝・生命活動の維持に必須の役割を担っている。核小体は細胞核に存在する明瞭な球状構造体であり、タンパク質合成を担うリボソームを構築する場として主に知られている。哺乳類卵母細胞(卵子のもとになる細胞)の核には明瞭な核小体構造が存在するもののリボソーム合成に積極的に関わっていないと考えられ、長年その機能は不明であった。しかし、この卵母細胞の核小体が、受精卵の全能性(全ての細胞になりうる能力)の獲得と正常な初期発生の進行という、極めて重要なステップに関与していることがわかってきた。今のところ、この核小体の構成因子や機能はまだほとんどわかっていない。白眉プロジェクトにおいてこれらをひとつひとつ明らかにしていくことを目指している。
チェコの学会で共同研究者と discussion
哺乳類卵母細胞を扱う研究というのは体育会系の労力が必要である。たまに自分が研究者なのか、肉体労働者なのかわからなくなるときがあるくらいである。さらに、体力を使ってサンプルを回収しても十分に解析するにはなおサンプル量が足りないという問題がしばしば出現する。最近でこそ感度の良い様々な解析機器が出現し多少問題が解決されつつあるもののやはり成分の解析となるとなかなか大変である。ただ、 労力がかかる分競争者も比較的少なくマイペースに研究を進められているようにも思う。日々、他人と競いながら過ごすより自分の限界と格闘しながら研究を進める方が性に合っているので、この仕事を非常に気に入っている。
幸せなことに卵母細胞の核小体の研究を修士の学生のときから始め、白眉プロジェクトのおかげで未だに続けられている。最初この研究を始めたときには積極的な機能を持たないような核小体の研究をしてどうなるのだ、という批判を受けることも多かった。また、 一生懸命準備した学会やポスター発表で質問がもらえないことも多々あった。ただ、卵母細胞の核にこれだけ明瞭な構造体として核小体が存在するのには何か意義があるに違いないと思っていたこと、また美しい卵母細胞とその核小体をいくら眺めても飽きなかったことというのが続けられた理由だと思う。さらに、学士・修士の時から今まで様々な良き先生、研究仲間と出会い励ましを受けたことも大きい。
この研究を進めることによってどれだけ現社会に貢献できるかと問われればはっきりとした答えなど持ち合わせていない。もちろん、受精卵という全ての細胞になりうる能力、全能性を持った細胞を構築するのに必要なものとして核小体があるのだからこの構造体の機能・成分がわかれば全能性獲得機序の解明につながり、また不妊治療の技術開発に貢献するのではといったごもっともなことを表向きには公言している。 しかし、実際には自分が想像もできないような全く知られていない機能がそこには隠れているのではないか、という方に自分は期待しているのである。基礎研究の難しさは、その成果が一般の人々に理解しがたいことにある。さらに現日本社会においては基礎研究のほとんどが税金によって賄われていることから一定期間内に成果をあげることが求められる。この場合、 現段階で我々が持つ知識内で想定されうる結果を導きだすことは可能であるが、今まで誰も想定できなかったような新規の発見を導きだすことは難しくなってくる。全ての研究機関で自由に研究をやれとは思わないが、大学という非営利的かつ教育的な機関でこそ自由な発想で研究を行い基礎研究の底上げを行っていくべきであると思っている。この白眉プロジェクトでは 5 年間自由に研究を行うことが可能であり、こういったプロジェクトが日本の大学にもっと作られていってほしいと切に願っている。
(おおぐし すがこ)