シリーズ白眉対談15「最適化」(2018)
儀礼と瞑想
(佐藤)菊谷さんは、そういう広義な最適化というものに対する何かをもう持ってらっしゃるんじゃないかなという気がしますが。
(菊谷)いやいや、私が気になるのは、最短距離で行くことっていう、今、宮﨑さんや小川さんがおっしゃったような時間や距離のように限られたリソースのなかで、最短なものが最適化といえるって話ですよね。例えば、インド世界にはいろいろな儀礼があって、手続きが複雑だったり規模が大きいことと、儀礼の効力とが繋がるんです。
(宮﨑)効力ですか。
(菊谷)ギブアンドテイクの世界なので。儀礼自体がもともと複雑で手順と時間を要するものだったり、規模を大きくしようとすればコストがすごくかかりますよね。そうすると、時代とともに、ある捧げ物はほかのものでも代替できるし、時間も短縮できるという流れになっていきます。それは中世インドの大きな社会変化に関わっているんですが、結局はコスパの問題があって、儀礼のなかで代替できるものは、どんどん瞑想に置き換わっていくっていう。よく尋ねられるのは、「密教って一体何ですか?」っていうものですけど、10世紀頃のラトナーカラシャーンティによればショートカットウェイ、つまり捷径だって言うんですよね。従来の教えでは悟りに到達するのにとてつもなく長い期間がかかるけど、密教っていうのは、我々が生きてるうちで、まさしく今生で、輪廻を繰り返さなくても悟れるっていう。最短でいけるっていう意味だと、さっき言った量的なものと時間的なものっていうのに、関係してるのかなっていうイメージがありますよね。
(司会)マニ車もそれに通じるところがありますね。
(菊谷)そうですね。まさしく時間と労力を短縮できる装置ですよね。そのままだと長い時間をかけて一行づつ詠唱しなきゃならないものを一瞬でクルクルっと。
(小川)あれも最適化ですかね。
(菊谷)そうですね。時間と労力。

生物の生存戦略
(司会)最適化っていうのは、いろいろベクトルがあるわけですよね。例えば最短距離を考える問題でも、最短ルートはすごく混んでるから、回り道をした方がいいとか。 菊谷 そうですよね。
(小川)生物なんて、まさにすごい最適化ありそうなイメージなんですけど。
(宮﨑)と思ってるんですよ。何だろうな…。僕、チョウチョが好きで、この前、昔、チョウチョを一緒に取りに行ってた仲間が京都まで遊びに来てきてくれて。京都にはキマダラルリツバメっていう珍しいチョウがいて、それを捕りに行ったんです。アリと共生してる、すごく珍しい生態なんですけど、そのチョウが特徴的なのは、尾状突起っていう、下側の翅(はね)に…、

(写真1)
キマダラルリツバメ 著作権者 Pokopong氏, [CC BY-SA 3.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0)], ウィキメディア・コモンズより, ページURL: https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Spindasis_takanonis.jpg, 2013年.
(菊谷)(写真を見て)突起がある。
(宮﨑)そう、突起が出てるんです。普通は突起があっても左右の翅に1本ずつ、合わせて2本だけど、この種類は日本のチョウで唯一4本突起が出てるんです。この突起っていうのが通説によると、触角に擬態してる、似せてるんじゃないかって言われています。チョウの主な天敵って鳥なんですよね。それで頭からなるべく遠いところに触角みたいなものを生やして、さらにそのつけ根に目立つように赤い紋をつけてるんですよ。
(小川)それを頭に見せてるんですか?
(宮﨑)そうです。そうなんです。
(小川)突起をかじられても生き残れるんですか?
(宮﨑)翅の一部が欠けても大抵は平気です。尾状突起はアゲハチョウの仲間なんかも多くの種類が持っていて、進化的には全然違うグループのものが、みんな結局同じような生存戦略を取ってるんですよね。それが不思議だなあと思って。こっちが頭で、こっちがしっぽ。
(佐藤)本当だ。面白い。
(小川)本当の頭がこっちだなんて全然思いつかない。すごい。
(宮﨑)それで、今回キマダラルリツバメは2匹見れたんですけれど、2匹ともこのしっぽのところだけ食いちぎられてたんです。これ撮ったやつですね、写真

(写真2)
尾状突起の欠損したキマダラルリツバメ, 撮影:宮﨑 牧人氏。
撮影日:2018/6/17, 撮影場所:京都市左京区 哲学の道
(小川)本当だ。食いちぎらてる。
(菊谷)食いちぎられてますね。でも、生き残ってますね。すごく面白い。
(宮﨑)これほかの個体。これも。
(小川)本当だ。
(宮﨑)キマダラルリツバメはシジミチョウの仲間なんですが、アゲハチョウの仲間とか、全然違うグループのチョウが、みんな同じ戦略を取っているので、何か共通のもの、仕組み、法則があると思ってるんですけど、でもこれは最適化されてるという先入観を持って考えてはいけない可能性もあるので、最適化かどうかと言われると、よくわからないですね。僕が研究しているのは細胞分裂ですけど、細胞分裂って多分、百種類以上のタンパク質が関与しているんです。でも意外と数十種類とか、それぐらいでも分裂の仕組み自体は達成できるんじゃないかなっていうのを僕は思っていて、じゃあ、ほかの百種類ぐらいは何やってるんだっていうと、恐らく異常事態に備えている…。
(佐藤)リスクを小さくするような?
(宮﨑)はい。例えば人間では卵子という一つの細胞が数十兆個に増えることで、我々の身体が出来上がると言われています。つまり、合計で数十兆回も分裂するわけです。その中で1回でもエラーが起こったら、大変なことになりますよね。だから限りなく100%を達成するために、コンポーネントをミニマムにしてエネルギーの消費量を抑えるっていう戦略じゃなくて、いろんなものを、付属品をたくさんくっつけて、で、絶対に成功するようなシステムになってるんじゃないかなあと。それでは最適化じゃない。
(一同) (笑)