シリーズ白眉対談18「遠くの宇宙、近くの研究者」(2021)

藤井氏の話

坂部氏 では、藤井さん、お願いします。

藤井氏 藤井俊博と申します。私の方からは、最高エネルギー宇宙線を掴まえるということでお話します。私自身は小さい頃から、星を見るのが好きだったのですが、物理学者に憧れたきっかけは2002年のノーベル賞受賞、小柴昌俊さんですね。高校生の時に、研究者が作り出した装置で宇宙から飛んできた何やらすごいもの(ニュートリノ)を掴まえたということを知ってすごく驚き、面白そうだなと思ってこの業界を目指しました。
 宇宙線は宇宙空間に存在する放射線で、地上に絶え間なく降り注いでいて、1秒間に手のひらに1個到来しています。今、皆さんが手を広げると、ほぼ1秒ぐらいの間にスッと通っているはずですけど、恐らく誰も意識していないかと思います。我々が身近に見ているのは、10の6乗とか7乗エレクトロンボルト(eV)のエネルギーを持っているのですが、エネルギーがずっと高くなると数が少なくなります。10の15乗eV というエネルギーになると、1年間に1平方メートル当たりに1粒子しかやってこないので、1年間観測し続けないといけません。さらに10の18.5乗eV になると1粒子が1平方キロメートル当たりに1個しかやってきません。
 私が興味がある最高エネルギー宇宙線というものは、10 の19.5乗eV以上の宇宙線で、それは年間100 平方キロメートル当たりに1個しか到来しません。非常に頻度は少ないのですが、我々人類が加速して到達できるエネルギーよりも7桁も大きく、宇宙に在する最大のエネルギーの放射線です。到達頻度がとても少ないため、検出には非常に大きい面積を持った検出器と長い定常観測が必要不可欠になります。
 この最高エネルギー宇宙線がどこでできているのか、どうやって地球までやって来ているのかというのは、まだ明らかになっていません。起源の候補としては我々の銀河系、天の川銀河より外側の、ものすごく爆発的な天体現象で加速しているのではないかというふうに考えられています。例えば、超巨大ブラックホールを持つ活動銀河核だとか、宇宙最大の爆発現象であるガンマ線バースト、もしくは我々が知っている標準的な物理法則を超える新しいエキゾチックな新物理からのものではないかと提唱されています。
 宇宙線は荷電粒子の放射線なので磁場で曲げられてしまいますが、エネルギーは高くなればなるほど曲げられにくくなるため最高エネルギー宇宙線はある特定の方向から来ているのではないか、と考えられています。その発生源を見付けると、宇宙線の発生源を明らかにするための新しい天文学的なアプローチができることになります。そのために私は、最高エネルギー宇宙線の観測を継続しています。次世代天文学の確立を目指して、宇宙における極高物理現象、最高エネルギーへ加速するメカニズムは何なのかというのを明らかにするために研究を続けています。
 非常に少ない最高エネルギー宇宙線を掴まえるため、我々は特製の宇宙線専用の「網」を張っています。放射線の検出器を非常に広い範囲に所々置きます。一つのエネルギーの非常に高い宇宙線が大気とぶつかって大量の100億粒子になって地上に到来するのですが、それが半径3kmほどの範囲に展開されます。なので、地上に放射線検出器を3km以内に置くと、全ての検出器がほぼ同じタイミングで信号を検出します。その情報から、どの方向から来たのか、どれくらいのエネルギーかということを推定します。では、これまでに観測された最高エネルギー宇宙線の観測結果ですが、5×10の19乗eV 以上の宇宙線が、約1000事象観測されています(図1、図2)。これは宇宙の方向を銀河座標で表していまして、1eVの可視光で見るとこのように銀河面が見えて、10の9乗eVのガンマ線で見るとこのように銀河面が見えるわけです。ですが、我々の最高エネルギー宇宙線の観測結果を見ますと、こちらの方向に少し集中しているかな、こちらの方向からも少し集中しているかなというふうなのが見られますが、銀河面には見られない。これは、我々の天の川銀河よりも遠い起源天体から来ていることを示唆しています。
 この最高エネルギー宇宙線専用の「網」を張るには、1人の力では難しいため国際共同研究を行っています。世界各国から集まった150 人程度の研究者で会議を行います。コロナ禍になる前は、アルゼンチンにある観測所で、最新結果についてお互いの研究の進捗を報告し、御飯をみんなで食べ、夜遅くまで議論するということをやっていました。

坂部氏 ありがとうございました。

水本氏の話

坂部氏 では、最後に水本さんお願いします。

水本氏 水本岬希といいます。大きな望遠鏡を使って宇宙を観測するということをやっています。私が天文学者になろうと思ったきっかけですが、中学生の時の理科の授業で、星の一生について勉強したんですね。それが私にとってはすごく衝撃的で、星って夜空を見上げたらいつでも光っているもの、それ以上でもそれ以下でもない、というイメージだったのが、生まれるんだとか死ぬんだとか。そういうのがすごく衝撃的でした。それで、天文学を勉強したらこんな途方もないことをまるで見てきたかのように知ることができるということに感動して、これは面白そうだなと思って天文学者になろうと思って、そのモチベーションのまま今まで研究をしています。
 研究テーマは銀河の中心にある超巨大ブラックホールです。我々が知る限り、全ての銀河の中心にはブラックホールがあることが分かっています。ブラックホールを見ると何が面白いのかというと、ブラックホールはすごく重くて重力が強いので、それに引きずられて物がすごく速く動いたり、すごく派手な動きをします。例えば、温度が1億度を超えているとか、秒速10万kmでものが動くとか。こういうのを観測しようと思うとエネルギーが高い光で観測しないといけないということでX線を使った観測をしています。
 今ここに示しているのが、ブラックホールの周りで何が起こっているかというイメージ図です(図3)。X線でこういうのを見たいのですが、宇宙からやってくるX線って全部大気に遮られてしまうんですね。観測するにはそれでは困るので望遠鏡にX線を観測できる装置を載せて、それを衛星にして打ち上げるということが必要です。たとえばXRISM衛星というのが2022年度に日本から打ち上がるんですけど、こういうものを使って観測しようということをしています。
 こういう望遠鏡を使うと、観測している天体からどんなX線が来ているのかというのが分かるんですね。それだけ見ても何のことだか分からないんですけど、そこから量子力学、電磁気学、あるいは相対性理論、そういう物理学の知識を使うと、ブラックホールの周りでこんなことが起こっているに違いないというような絵を描くことができるんですね。研究者の頭の中で、こんなことが起こっているのではないかということを考えることができるわけです。
 望遠鏡で、どんな光が来るのかを観測して、それを人間の叡智を使って宇宙でこんなことが起こっているに違いないと解き明かすというのが、観測的な天文学の醍醐味というか一番の面白さだと思います。
 X線以外にも、地上にある望遠鏡を使って可視光とか赤外線とかで観測したりしています。例えば、京都産業大学にある望遠鏡を使ったり、京都大学が岡山に持っている望遠鏡を使ったりとか、あるいは、ちょっと遠出してチリの山奥の岩石砂漠みたいなところで大きな望遠鏡を使って観測したりしています。
 観測的な天文学をしているわけですけど、私の場合だと超巨大ブラックホールというテーマがあって、そこではこんなことが起こっているんじゃないかなというのを考えるわけですね。そのアイデアを証明するためには、こういう望遠鏡を使って、こんな感じの観測をして、こんなデータが取れればいいだろうと考えるんです。それで実際に観測をしてみると、ほら、やはり思ったとおりだってなることもあれば、何か全く見当外れ、全然予想外のことが起こったりすることもあるわけですね。予想外のことが起こると、それはそれで面白くて、自分が考えてもいなかったことが実際に宇宙で起こっているってことなのですごくワクワクしてくるわけです。あとは、最初のアイデアとは全然関係ないけれど、何か面白そうなものが見えてきたぞというのがあったりするんですね。こういう時もワクワクするわけです。こういうのが観測的な天文学の面白さですね。

坂部氏 みなさん、ありがとうございました。

図3:銀河の中心にある超巨大ブラックホールの想像図(Credit: 京都大学)
1 2 3