シリーズ白眉対談07 フィールドワーク(2014)
登場人物
司会・編集:ニューズレター編集部
今回は海外でフィールドワークを行っている4名の研究者に来ていただき、海外現地調査の魅力や経験談を話してもらいました。
登場人物と研究課題
坂本 龍太 特定助教 『ブータン王国における地域在住高齢者ヘルスケア・システムの創出』
王 柳蘭 特定准教授 『アジアにおける中国系ディアスポラと多元的共生空間の生成』
加藤 裕美 特定助教 『熱帯型プランテーション開発と地域住民の生存基盤の安定』
前野 ウルド 浩太郎 特定助教 『アフリカにおけるサバクトビバッタの相変異の解明と防除技術の開発』

研究紹介
(司会) 初めに皆さんがされている研究について伺いたいと思います。王さん、 お願いします。
(王) 私は中国系の移民について研究しています。主にタイをこれまでやってきましたけども、中国に行ったり台湾に行ったり、最近は他の地域にも行っています。
(司会) 中国系の移民の人たちには何か特徴があるんですか?
(王) そうですね、親族関係が中国から東南アジアに広がっていて。移民を追いかけていると親族が国境を越えているので、複数の地域をまたいだ研究になるんです。
(司会) 専門領域としては、地域研究、 文化人類学ということなんですね。
(王) そうですね、加藤さんと同じところの出身なんです。
(司会) そうなんですね。では、そのつながりで加藤さん、ご自身の研究紹介をお願いします。
(加藤) 私も王さんと同じく文化人類学や、東南アジア地域研究が専門です。 これまでは「狩猟採集民」と呼ばれている、主に森の中で動物を狩猟したり、植物を採集して、生活をしてきた人々の研究をしてきました。特にマレーシアのボルネオ島という島があるんですけれど、そこに住むシハンというエスニックグループを対象に研究をしてきました。ボルネオ島では森林伐採やアブラヤシのプランテーション化が進んでいるので、そういった開発に対して、 人々の生活がどのように変容しているのか、どのように人々が対応しているのか、といったことに着目して研究をしています。
(司会) では次に坂本さん、お願いします。
(坂本) 僕は、ブータンという国で、高齢者医療を展開する仕事をしています。 ブータンでは、もともと母子保健とか、 感染症が主な課題だったんですけど、 それがうまくいってきたということで、 さらなるターゲットとして今、高齢者に眼が向けられているんです。ブータンでは伝統的に親族や隣人によって高齢者のケアはされてきたんだけど、若者が地方から都会に出てくる現象がはじまってきているので、日本の経験を学びながら、ブータン人自身がブータンに合ったやり方で、高齢者ケアを行うのに協力したいと思っているんです。
(王) 何でブータンなんですか?
(坂本) ブータン、僕があこがれてたんですよ、ずっと(笑)。小学校のときから。(一同)(笑)
(坂本) 僕が小学校 6 年のときに、当時のブータンの国王が日本に来たんですよ。そのとき、王様の態度がかっこいいなと思って。服も日本の着物にちょっと外見似てるし、あと顔も似てるんですよ。いいなと思って。いつか行きたいなと思ってたら、そういうチャンスが来たんですよね。
(司会) 前野さんはどういったご研究をされているんですか?
(前野) 自分はアフリカで大発生するサバクトビバッタというバッタの生態を研究しています。小さい頃から昆虫学者のファーブルにあこがれて、将来昆虫学者になりたいなと思って昆虫学を専攻しました。学生時代に外国から輸入したこのバッタを研究し始めたら、 面白くてはまりました。このバッタは、 農産物を食い荒らし、大勢の人々が飢えに苦しむという、社会的なインパクトも与える重要な害虫です。昔、アフリカが植民地だった時代は、ヨーロッパの人たちが気合入れて研究していたんですけども、アフリカ諸国が独立してからは、現地で研究してる人がほとんどいなくなりました。現地でフィールド調査したら何かきっと新しいことがわかってくるんじゃないかなっていうので、西アフリカのモーリタニアに行くことになりました。
(加藤) 昆虫学ではフィールドワークっていう手法は、一般的なんですかね。
(前野) はい、基本中の基本ですけど、 大半の研究は実験室で行われていると思います。自分は、実験室の人工的な環境下で見えるものを自然だと誤解していたのですが、実際に生息地に行ってみたら、砂漠なので温度は劇的に変化するし、乾燥もひどいし、餌も全然ないときもあり、自然とリンクした姿を見ないと、やっぱりバッタの生態を知れないなっていうのに気づきました。 自分は現地に行って本当によかったです。
きっかけ
(司会) 今の、前野さんや坂本さんの話では、ご自身の研究分野を志望されたきっかけが出てきたんですけれど、王さんはどうですか?どういうところから、地域研究、文化人類学に興味を持たれたんでしょうか?
(王) 学部の時に海外旅行に行ったのがきっかけです。学生同士でモンゴルに行ったんで、モンゴルの研究をしたかったんですよ。全くの異文化を知りたかったんです。カルチャーショックですし、 楽しいし、と思って。大学院入試のときも、一応研究する地域とか決めるんですよね。それで、私はモンゴルで研究をやりたいって、指導教官になる予定の先生としゃべったら、何かモンゴルではだめとかって言われて(笑)。(一同)(笑)
(王) コネもないうえに、どういう具体的な計画があってモンゴルって言ってるんですかと問いただされ、確かにそうかなって思い直しました。自分に関係のある中国系の移民を対象とすることも大事な研究だからって言われました。けれど、なかなかあんまり楽しいと思わなかったんですよ。自分の研究テーマって、根暗なんですよ。移民って暗いイメージがあったんで。モンゴルだったら楽しそうに見えるんですけど。(一同)(笑)
(王) だから私は最初はあまりやりたくなかったんです。そこで、中国系移民のことを研究するときに、まず外に行って、実際に国外で生きている中国人ってどういう人たちなのかを、まず見るっていうことから始めました。調査を続けるなかで、だんだん違和感がちょっと減ってきたかなと思うんですよ。
(司会) あ、ちょっと減ってきた(笑)。(一同)(笑)
(王) やっぱり、全くの異文化を研究するのに比べて、自分の文化の境界線を対象にするのってそんなに楽しくないんですね。自分とは違うまったくの他者について、哲学的にあるいは研究対象として距離をおきながら、楽しく、 あるいは賢く書こうと思ったら、書ける人は多いと思います。でも、自分もその文化を半分かぶっているんで、あんまり下手に学術的に高尚なことを言って、自己満足とかいうわけにもいかないんで。
(加藤) ああ、主観と客観の区別ですね。
(王) 主観と客観と。自分もそのメンバーに、広い意味で入っていると思うと、あんまりやすやすと分かったつもりになることができない面があるんで。
(坂本) でも何か明るいイメージあるじゃないですか。華僑の人たちって、 たくましくて。
(王) それは、メディアが時代に応じて、 その時代時代で切り取っていくイメージなんですよね。華僑について言えば、 例えば韓国とか香港とか台湾とかが伸びてきた時期に台湾とか香港を指して、 ドラゴンとかっていって、中国系の人はドラゴンの末裔みたいな、そういう表象をする時期があったんですね。今だったら中国との関係が悪いんで、だからイメージ変わるんですよ。それで 30 年間ぐらいはそういうのをずっと見てきてるんで、何かその浮き沈みを見てると、必ずしも楽しいような感じじゃないっていうか。
(加藤) 今でも移民に対するイメージって暗いんでしょうか?
(王) 暗いんですけど、暗い面があるんだけど、たくましい面があるんで、その暗さを経験した中にある、たくましさに焦点を当てたいのです。こうした側面はどこの移民でもやっぱりあるんですよね。
(司会) 加藤さんは、どうですか?
(加藤) 私が文化人類学に興味を持ったのは、高校のときで、いろいろな本を読むなかでも、特に文化人類学や日本民俗学の本には共感、というか刺激を得ることが多かったんです。それで、 大学では文化人類学を学びたいなと思うようになりました。で、実際に大学に入ってからも、フィールドワークなどの研究手法を学ぶなかで、実際に現地に行って向こうの人たちと同じ視点で理解しようとする考え方にすごく共感を得ました。あと、もともと人と自然の不可分な関係に関心があったので、 熱帯雨林は興味関心の一つの場所ではありました。ちょうど高校生ぐらいの時に、熱帯雨林伐採の環境問題とかがいろいろ叫ばれていて、熱帯雨林が抱える問題に目が触れる機会もあったので、実際そこに住んでいる人たちについて、もっと理解したいなあと思うようになりました。
(坂本) 僕は、ブータンに行った理由は言ったんですけど、この分野に進んだのは、もともと救急で医者やっていたんですよ。勤めていた病院が最後の砦だったんです。社会的に問題視されて他の病院から断られるような患者さんが結構来てたんですよね。そういう人たちが、診療後病院から出てどうなるのかっていうのにすごく興味があったんです。 でも救急ってもう次から次へ患者さんが来るから、なかなか一人一人の患者さんの社会的な背景とか立ち入れないんですよね。でも、例えば心筋梗塞で来る人がいると、ヘビースモーカーだったり、高血圧を放置していたりというのがあって、ああ病院に来る前に何とかしていればここに来る必要なかったのになっていうのも思っていました。 だから、社会的な方に興味が出てきて。 で、ぜひそういう病院と社会をつなぐような分野に行きたいなと思って、それでこの公衆衛生学とかフィールド医学っていう分野に進みました。
