シリーズ白眉対談06 化学(2014)
偉大な化学者とは
(司会) 偉大な化学者を1人挙げるとすれば、誰を挙げますか?偉大というか、 尊敬するとか、見本にしたいと思う化学者を1人挙げるとすれば。
(セドリック) アメリカのジョン・グッドイナフ先生です。彼はリチウムバッテリー分野で大きく貢献したと思います。
(司会) 江波さんは、そういう方は、いらっしゃいますか?
(江波) あえてちょっと分野はちゃいますけど、マイケル・ファラデーは、学生のときあこがれてました。イメージ能力がすごい人で、数式とか苦手だった人なんですよ。でも、実験のセンスがもうぴかいちで、実験やらせたらすごい才能示して。ファラデーには見えてたものがあるっていうか、実験センスとイメージ能力で、一時代作ってしまったというのが、すごいいいなと思ってまして、やっぱり化学は、頭よすぎるとだめってあるじゃないですか。
(齊藤) 頭よすぎたらだめなんですか?
(江波) 多分ですね、頭が良すぎると「こうなるだろう」って、思い込んじゃうのが一つと、もう一つは脳みその柔らかさというか、適当にアホだと、「絶対にこんなの起こったらだめだろ」っていうのを、アホだから思いついちゃう。(一同)(笑)
(江波) で、アホだからやっちゃう、みたいな。(一同)(笑)
(江波) そういう化学者になりたいと思ってるんですけど。ファラデーはイメージ能力を大事にしてたっていう話だったので、それはいいなって思ってましたね。
(村上) 僕はドクターのテーマが、グリニャール反応剤っていうものを使ったやつだったんで、グリニャールですね。 その人が、初等有機で習う一番基礎的な反応剤というか試薬を作ったんです。金属片(金属マグネシウム)をエーテルっていう溶媒に入れて、その後、ブロモベンゼンっていうものを入れてくと、どんどん溶けてくんですよね、金属片が。できたものは有機金属っていう、金属に炭素がくっついてる物質なんです。その発見はすごいなと思っています。
(司会) 齊藤さんは?
(齊藤) ベタなんですが、ご存じ山中伸弥教授のお弟子さんの高橋和利さんっていう人がおられるんですが、その人がやった実験が結構ええなあと。さっきの話にも出てたんですけどね、賢すぎたら多分してない(すいません)アプローチを取られて、細胞に遺伝子を入れる時には、普通は遺伝子を1個ずつ細胞に入れることが多いんですけど、たくさんの遺伝子をまとめて入れるってことをやって、まとめて入れたら細胞に変化が起きて。最初はそんな方法で細胞を初期化するって絶対無理やとみんな思ってたんですけど、そういうアプローチで、誰もしてないことをやったっていうのはすごい面白いなって感じます。だから今も普通に一緒に仕事ができて、お話してるのが、 不思議な感覚ではあるんですけど。で、 生命の起源に関しては、好きな実験はスタンリー・ミラーさんの実験っていうのが 1953 年ぐらいに、当時の地球環境を模倣したような条件で、確か水、メタン、アンモニア、水素のある還元的条件で放電させるとフラスコの中でアミノ酸ができた、みたいな実験をされたと思うんですけど、そういうアプローチで生命を作りだそうとしたっていうのは、すごいなって思います。昔から結構科学雑誌『Newton(ニュートン)』とかを読むの好きで、生命の起源がらみの話でよく登場していて、好きな化学者です。
(司会) ミラーの実験ですか。
(齊藤) それ以降、そんなに進んでないですよね、あの分野って。
(司会) 窒素でしたか、放電させて。
(村上) 炭素は要りますよね。
(齊藤) はい。炭素を含む気体を入れて、 いくつかのアミノ酸が確かにできたんだけども、今考えたらその当時の地球環境が、そんなに還元的ではないだろう、もっと酸化的だったんだろうっていうのは事実なんでしょうけど、実験のアプローチがユニークですよね。そのあと似たような実験をみんなしてるんですけども、本当の意味でのブレイクスルーはこの実験以降おきてないんじゃないでしょうか。
(司会) 今の研究はそこにつながっていくというか…
(齊藤) そうなんですよね。根本的な生命がどうやってできたのかっていうところの興味と、今存在する細胞を使って、よくわからない細胞の中身を知りたいっていう興味の両方があるんですけど。結局でも生命を理解するためには、細胞みたいなものを一から自分で、 化学物質を組み合わせてできたら、一番満足して死んでいけるのかな。(一同)(笑)
(齊藤) そういうイメージで、だからボトムアップとトップダウン両方のアプローチで研究を進めたいですね。たとえば生命の起源を探るために、人工のリポソームみたいな膜の中に何か詰め込んで、人工細胞の分裂が再現できるのかっていうアプローチもありだし、人工的に作られた iPS 細胞ってそもそも何なのか理解することも重要と思います。たとえば外から何かを加えて細胞を初期化されたっていっても、中身がどうなってるかわからないとやっぱりもやもや感があって。僕は細胞の中で秩序ができあがる仕組みを知りたいなと思います。

化学と生命
(司会) じゃあちょっと他の話題に。白眉研究者の中にはいろいろな研究分野の方がいらっしゃると思うのですが、 その中で、白眉研究者として、何か新しく見えてくるつながりとか、そういうものってありましたか。
(江波) 直接は関係ないんですけど、生物の方が多いんで、齊藤さんとか、今村さん(白眉2期)とか。やっぱり生物っていう名前がついてるけど、あれ化学だと僕は思ってて、結局、全部、たんぱく質も RNA も、元素で記述できるものじゃないですか。例えば今村さんの研究とかで生体内で何か歩いている分子がいるじゃないですか。酵素にしたって。動いてるやつとか、何で動くの、これ?化学屋からしたらとんでもない。だって作れないわけじゃないですか。僕ら元素の材料は持ってるんだけど、それを組み合わせて動く酵素を作れないっていうのが、すごいことだなって思ってるんですよね。だから生物って何だろうっていう。最近、そっちの研究に絡んでいきたいなって思ってますね。たんぱく質一つを取ってみても、ちょっと信じられないぐらい複雑で、構造や機能が複数の絶妙な相互作用でものすごい精密に決まってるんですよ、バシッと。しかもそれが水の中にあって、塩化物イオンなどが周りにあって、その状態でこういう形になったときに、こういう機能をすることができる。で、場所が変わるとそれが、折り畳んでいたのが広がって、今度はこういう動きをするとか、もう無限のように起こってるわけで、いや何か、これはちょっとすさまじいな。(一同)(笑)
(江波) だからこれ、不思議に思うよね。 だって、結局、周期表にあるものの組み合わせでしかないのに、あんなメカニスティックなことが勝手に起こって、 死なないように、各生物が勝手にやっちゃってるっていうのが、よく考えると何かもう、恐ろしい。
(村上) すごいですよね。
(江波) そこを一つのメカニズムでもいいから、ちょっと絡んでいきたいなっていう(笑)。そういう思いは、より強くなりました。白眉の生物系の人たちの話を聞いてたら。
(齊藤) ぜひ、絡んでいきたいです。
(江波) ぜひぜひ。(一同)(笑)
(司会) セドリックさんは何かありますか?
(セドリック) 以前、パンチェさん(白眉3期)のジャンピングクリスタルがあったでしょう?
(江波) ああ、見ましたね。
(セドリック) あれは面白かったですね。
(江波) 化学研究所にいたパンチェさん、 あの人は、白眉セミナーでのデモ実験で結晶に光を当てたんでしたっけ。
(セドリック) 焼いただけ。
(江波) 焼くだけ?
(セドリック) うん。温度がちょっとだけ変わって。
(江波) 温度が変わると、結晶がジャンプするっていう。
(セドリック) 転移があってボリュームが一瞬で変わるから、ジャンプする。
(江波) 結構、分野が違いすぎるんで、 直接的にこのアイデアを借りてっていうよりは、どちらかというと、人にインスパイアされるっていうとこがあって…
(セドリック) 確かにそれはそう。
(江波) こんな人いるんやとか。
(齊藤) 僕もそうそう、やっぱり、細胞の進化とかに興味があって。村主さん(白眉1期)が進化モデルを自分のコンピュータで作って、Twitter で、今、進化中、とかずっとモニターしてるような、 セミナーでもそういうのやってたんやけど、銀河のシミュレーションとかっていうのをちょっと生命に応用できひんか、みたいに結構まじめに、村主さんと話したことがあって、すごいぼんやりとはしてるんだけど、何かそういう組み合わせはできる可能性が、今後あるんちゃうかなみたいなのを思ったんですよ。だから、生命の研究も、今はもう本当にトライアンドエラーで、とりあえずこういうもの放り込んでどうなるか見て、その現象の変化を見て、また放り込むもんを考えるみたいなんを、もうちょっとしっかりしたシミュレーションの技術と組み合わせることで、やる実験の数も減らせるかもしれないし、進化とかが実際にできたら面白いなっていうのを思いますね。あの辺、何かうまいこと絡められたら確かに面白い気がする。生物の世界ってほんまわからないことだらけで、もやもや感がたまるんすよ。だから、まあ確かにすごいことが起きるんやけども、じゃあそもそも何でそんなことが起きるのかっていうと、やっぱり現象論に終始してしまうことが多くて。たたいたらできたでみたいな、そういうノリの感じのところもあるから、それをちゃんと化学レベルで、ほんま分子と分子の相互作用でできてるわけやから、そういうことをちゃんと理解するためには絶対に、 今、江波さんが言われてたように、一個一個の仕組みをきっちりしていくほうが、僕としてはすっきり感が出てくるから。やりたいんですよね、そういうの。
(セドリック) 白眉に入ってから一番気になっているのはウォーキングプロテインで、それを見たら僕はいつもその構造をどうやって決めているのかと不思議に思う。僕の研究においてはいつも三つ四つだけの原子があって、それでもどこにあるって分からない時があるのですよ。でもそのプロテインなんかの話では、2000 から 3000 原子あっても完璧に構造が分かるわけです。
(江波) そうなんですよね。だから、 ちょっと昔まで、神様が作ったって思うのも無理ないなと思うんですよね。あと、人間の脳。利根川先生も最近脳やってはるじゃないですか。記憶が脳のどこにあるかとかって。結局、僕らは元素の世界に生きてるわけで、記憶って何だって話じゃないですか。どういう仕組みで記憶が蓄積されていってるのか。有限な、 3D 的に有限な脳みそにほぼ無限とも思えるぐらいの思い出がたまっていくって、何だろうなって。よく考えると。多分そこが、もうさらにやばい。(一同)(笑)
(江波) 多分究極的に脳が一番わけわからないことなんかなって、思いますよね。だからそこに挑戦してる人は本当チャレンジャーやな、と。何かこう、 自分が死ぬまでに解明されないことってあまりやりたくないじゃないですか、 ゲーテも言ってましたし。(一同)(笑)
(江波) 人間には、どんなに頑張ってもわからないことがある。そんなんに人生を使うのは無駄だから、わかることをやれみたいな。(一同)(笑)