シリーズ白眉対談04 女性研究者(2013)
チョルパン氏の来日譚
(司会) ところで、チョルパンさんの来日のきっかけは何ですか?
(チョルパン) 私が在籍していたトルコの大学の工学部に機械等を寄附していた島精機という会社が海外の学生を日本に招くインターンシップの制度を持っていたんです。それに応募して日本に来たのが私にとっての最初の海外体験でした。その後、学部の卒業論文をその会社で勉強して書いているうちに、日本が好きになり、 文部省の奨学金にも応募することにしました。
(司会) 初めての外国が日本ということでしたが、生活は大変ではなかったですか?
(チョルパン) 当時は日本語を話せませんでしたが、周りの人が親切に助けてくれ、日本の文化を教えてくれたので、とにかく会社が好きになりました。実は来週も学生を連れてその会社の工場見学に行くなど、今でも交流が続いています。
(塩尻) チョルパンさん、学部はエンジニアリングやねん。ね?
(チョルパン) そうそう。工学。日本でも博士は工学ですけど。イギリスの大学での学位は経営学ですが、実は、最初は工学の修士課程に入学したんですよ。経営学の学生との交流の中で、こっちの方が面白いかなと思って、チャレンジングでしたけど私自身も分野を転向しました。 当初、 京大にも工学で来たんですが、経済学部のゼミにも参加させていただき、 エンジニアリング・マネジメントという分野で研究を始めました。ポスドクでは経済研究所の今井先生にお願いして、本格的に経済学と経営学を研究しました。
(北村 ) 当時流行っていた MOT(Management of Technology) とかの関係ですか?
(チョルパン) はい。そこから始めて、 中心を経営学の方にシフトしてきました。工学の知識の企業経営への応用を考えると、結局マネジメントを習う必要があるので、私たちの経営管理大学院の学生も 3 分の 1 くらいは工学部出身です。企業で働くために、 工学だけでなく経済や経営も勉強したいと理由で履修しに来ています。 特にファイナンスやマーケティングなど、工学とは異なった分野の授業に、 結構学生が来てますよ。入社前に体系的に習いたいという学生が MBA に来てますね。
女性への教育投資
(チョルパン) 私の周りには「女性は将来的に結婚して働かないだろうから子供の時から勉強しなくていい」 と考えている人たちが結構います。 私から見ると何か変だなと思います。 女性だからといって教育の投資を少なくする必要はないと私は思いますが、お二人はどう思いますか?
(北村) 私には二人の兄がいましたが、 兄に対する父の期待はすごく大きく、 逆に私にはそういう期待がなかったというか・・・小学生くらいの時に、 私は英会話を勉強したいと言ったんですが「お兄ちゃんが塾に行くから恭子はだめ」って言われました。だから、 兄が塾に行っている間は、毎朝早く起きて、テレビ英会話で勉強してました。他にも兄達は、父の勧めで短期留学とかも行ってるのに、私が同じくらいの年になった時に短期留学に行きたいって言ったら「何で行かなあかんの?」って言われたりしましたね。
(司会) 一般的に地方のご令嬢は、 勉強ができても地元の国立に行かせるという傾向がありますよね。それは必ずしも教育に投資しないというよりは、家で守ってあげるという心情もあるような気もしますが・・・
(チョルパン) それって一緒じゃない? 子供の時からそういう風に育てられているから、女性の学生の比率が少ないんじゃないですか?だけど、授業の成績を見ると、男女の差は見えません。時に女性の方が良かったりします。だから、小さい時から同じくらいの教育を受ければ、京大の男女比率も同じくらいになるはずだと思うけど、最初の段階で「そんなに頑張らなくていいよ」とブロックされていて、 女性自身もそのように思ってしまっているのかもしれないと思います。
(塩尻) そうかもしれん。夫も「日本はそういうところがあるからいややな」って言ってた。私はそんなこと感じひんかったけど。アメリカか日本かだったら子供を育てるにはアメリカの方がいいなって言うてはったわ。女の子については、文化的というか特有の雰囲気があるからなーって。
工学女子
(司会) 北村さんが所属する工学部は、 他の学部に比べてますます女性が少ないですよね。その原因は何だと思いますか?

(北村) 入学の時点で女子学生が 5% くらいしかいませんからねぇ。学部生で研究室に配属された時も、結局女性は一人でした。配属前は女性も何人かいましたが、だいたい修士で卒業して社会人になるという感じでした。博士まで残った女性はほとんどいませんでしたね。理系だからというのもありますし、工学部だからというのもあると思います。私は、中学高校と女子校にいましたが、その時に担任の先生から「工学部とか理学部に行くくらいだったら、医学部か薬学部にしなさい。そうすれば免許がとれ、子供ができても続けられるから」と言われましたね。
(司会) それはどうしてですかね?
(塩尻) 仕事続けられへんみたいなイメージがあんねん。免許がとれる、 資格がある、というのは女性にとっては大きくて、子育てが終わってからでも働けるし、旦那さんについて行っても働けるし、みたいんがあるからかもしれんね。
(北村) アルバイト・パート代についても言われましたよ。「薬学部を出て、 薬剤師の免許を持っていたら、パートをやっても時給 2000 円もらえるのよ、あなた。わかる?」って。
(塩尻) そうやんな。友達もそんな感じやったわ。
(司会) ではなぜ北村さんは敢えて工学部を選んだんですか?
(北村) 「そんなことまで考えて医学部・薬学部にいかないといけないのなら、私は嫌です。そんなことで、 研究者になったらダメとか言われるんでしたら、私は最初から結婚しませんから、工学部に行かせてください。 私は化学の実験をしたいし化学の勉強をしたいので、工学部の工業化学科に行きます」と先生に言いました。
(チョルパン) えらい、えらい。ほとんどの人はやめると思う。
(北村) 両親もやはり、医学部や薬学部へ行ってほしいという考えが強かったようですね。勉強するのであれば、そっちの方が続けられるから。 塩尻さんはどうでしたか?
(塩尻) 私のところは全然放ったらかしやったから。言ってもきかないってわかってはったから。「ふーん」って言うてはった。私、北大やってんけど、「雪が降るところがいいから北大」って。出身は京都なんやけど、雪が降るところで生活してみたい、っていうあこがれがあって。ただ、エチオピア人と結婚するって言った時に、ちょっと母はびっくりしてたで。なんか言いたそうやったもん。でも父はというと、次の日にテレビでマラソンの中継があってんね。で、エチオピアって強いやん。すでにエチオピアを応援してはったしね。めっちゃ適応が早いねん。母に後で聞いたら「お父さんが言ってくれたら私も何か言おうかと思ってたんやけどな。お父さん何も言わへんし」やって。アメリカで出産するときには、母じゃなくて、父が手伝いに率先して来てはったで。長女と長男の2回とも。英語は全然できひんのに、ヒッチハイクしてゴルフ場から家まで帰ってきてはるし。一応、 英会話教室にも高いお金だして通わはってんけど、英語の先生に日本語教えてたわって言ってはった。
(司会) 北村さんの研究室の集合写真を見ますと、紅一点という感じに見受けられますが、ジェンダーの差を感じることはありますか?
(北村) たまに感じますよ。うちの研究室では大型の装置をたくさん使うんですが、バルブの開閉とかで前の使用者が強く締めていたりすると、 開かなかったりすることも結構あります。あるいは、物が高いところに置いてあってとれないなんてこともあります。その時に実験室に一人だけでいたりしたら、 慌てて内線で「助けて〜」と呼んだりします。
(チョルパン) 集合写真の真ん中にいるんだから、大切にされているんでしょ?
(北村) とても大切にされてますね。 こういう時は特にですね。お姫様扱いのような気がします。でも、最近は大分年齢が上になってきたからかもしれませんが、周りの学生が子供達という感じになってますね。私のあだ名が「姐さん」だし。学生の電話の出方を指導したりもしていますよ。
(司会) 「女性研究者は果たしてマイノリティか」という点について何か思うことはありますか?
(北村) 工学系のうちだけなのかな? というのが疑問です。
(チョルパン) ここまで極端なケースではなくても、工学部一般では、こういうパターンはよくありますね。どこの国でも。
(塩尻) 何でやろうね?
(チョルパン) 私自身工学部卒業ですが、周りの女性の中には、最初は勉強が好きで進学したけれども、卒業後企業に入って、まずは工場で働くという点を敬遠する人が結構いました。 研究者になればまた違うとは思いますが。でも北村さんの研究室ほど極端な例はなかなかないですね。
(塩尻) 私の分野(生態学)はまだいると思う。3, 4 割はいるんじゃない。 植物や動物を扱ったりするからやろな。そういえば北大のときの恩師(男性)が高校のときに植物を扱いたいから理学部か農学部に進むって言ったら、進学の先生が「男やのに植物なんか?」って言わはったらしいわ。 そういうのって、根付いてない?
(司会) それはイメージの問題ですかねぇ・・・北村さんの専門である光学の研究には、暗いとかきついというイメージはないですよね?
(北村) 普通よりはちょっとだけきついと思いますよ。私は一週間前くらいまで、二週間連続で一日平均 15,6 時間働いてましたし。実験で。そんな時期もあります。それから有毒なガスや薬品もばんばん使いますからね。もちろん「安全に」ですけど。
(司会) でも、北村さんはいつも前向きで明るい感じですよね。
(塩尻) 疲れた顔、見せへんもんね。
(北村) 先週は疲れてましたよ?いろんな人に「疲れてるね」って言われました。疲れると「めんどくさい」というのが口癖らしくて、学生さんに「北村さん『めんどくさい』ばっかり言ってますよ!!」って指摘されました。
(塩尻) チョルパンは?疲れたりする?
(チョルパン) 今はたしかに家にいても、 研究のことを考えているので、 スイッチはずっとオンの状態です。
(司会) 結婚や出産を経験すると切り替えがうまくなるものですか?
(塩尻) そうやね。だんだん自分の時間が持てなくなるから。持てる時にがんばろう、みたいな感じかなぁ。
読者へのメッセージ
(司会) 最後に、今後の白眉や京大を目指す女性に向けたメッセージ、あるいは、女性支援に関するコメントをお願いします。
(チョルパン) 日本はまだ女性のチャンスが少ないです。もっとチャイルドケア等、女性の社会進出をサポートするシステムが必要だと思います。 EU に比べたらまだまだ遅れていると思います。
(北村) 私の分野にはまだまだ女性が少ないです。白眉に入ってから、たまに、塩尻さんみたいに、私も結婚して子どもを産んだらどんな感じなんだろうと想像するようになったのですが、どうにも、今の私にはできる気がしない。そういう「できる気がしない」という思いを持たないでいられる環境づくりというのが、本質的な子育て世代の女性研究者支援なのかなって思っています。
(塩尻) 何事も切り替えが重要ですね。私も切り替えがうまくなりました。 今は研究の時間、今は家事みたいな。 仕事の分担も大切ですね。洗濯は夫、 食事は私、みたいな。私、食事の方が好きやもん。
(司会) ご主人には、ちゃんと自分の時間はあるんですか?
(塩尻) よう走ってはるなぁ。長時間。 エチオピアだけに(笑)。私も走るの好きやけどな。
