シリーズ白眉対談02 宇宙(2012)
宇宙を伝える
(司会) 社会と科学の関係について、たとえば科学の内容をどうやって一般社会に伝えるかという問題がありますが、どう思われますか。
(長尾) 天文学ってとっつきやすい学問の一つっていう面があると思うんですよ。ですから、たとえば一般市民の方や小学生にいろいろ最近の結果や面白い話をしてく活動を、せっかく白眉プロジェクトである程度自由に時間が使えるので、徐々にやりたいなと思っていて、今後数年の自分の課題ですね。
(村主) 「はやぶさ」もそうだけど、たとえばニコニコ動画で大人気!とかだったりする気がします。
(司会) 宇宙関係の動画が。
(村主) はい。宇宙もそうだし、もっと一般にたとえばロボットを作ってる人とか、そういう技術関係の動画は意外と人気がある。
(司会) へぇー。信川さんはどうですか。
(信川) 京大が京都市と連携して、市内の小中高に出前授業をやったりしています。ぼくは大学院の時からできる限り、そういうのに行ったりしています。
(司会) やっぱり宇宙は人気のある分野だから、そういう活動の効果もすごく大きいかなと思います。
(信川) 小学生や中学生に話した雰囲気でいうと、やっぱり難しい話をするとついてこれないというのは共通だと思うんですけど、こっちが楽しそうに話すとなんか相手も楽しくなってくるというか。
(司会) スライドは使いますか?
(信川) あ、スライドは使います。道具として。それに、具体的に研究のどこが楽しいかよりも、この学問をやってることがすごくエキサイティングで興奮することなんだという、 それを見てもらうのがいいんじゃないかなぁと思います。学部生がいるところで話した時に、「信川さんすごく楽しそうにしゃべってますね、それでその分野が面白いと感じました」 と言われたことがあって。なぜ面白いかじゃなくて、実際そういう研究を楽しんで熱心に一生懸命やっているのが伝わるのがいいのかなぁと。
日本の強さ
(司会) 宇宙関係の分野の日本の強さは、 世界全体で見るとどのくらいでしょうか。
(信川) まずぼくの分野、エックス線天文学という分野では、強いのが日本とアメリカとヨーロッパで、三つ巴みたいな感じです。最初に始めたのはアメリカで、いまは三拠点のどこも衛星をもっていて観測しています。ただアメリカとヨーロッパの衛星はもう 10 年を超えていて、そろそろダメになる頃です。 しかしアメリカとヨーロッパは次の衛星を計画していません。まだ 10 年以上先です。日本だけが2年後にさらに新しい衛星を計画しているので、あと2,3年たつと日本の独壇場になるかなと。
(司会) そういうときに、海外から日本の大学や研究所に移りたいという人が多く出てくるでしょうか。
(信川) うーん。日本の衛星と言っても国際プロジェクトだという考え方なので、アメリカにいても日本の衛星を使うことはできます。
(司会) それで使用料を取ったりできるんですか。
(信川) 使用料は取らないです。
(長尾) そのかわり、たとえばアメリカのグループが日本の衛星を使って良い成果を出したら、「これはアメリカのグループの人が日本の装置を使って出した結果です」という風にボンッと言える。これは日本の技術力の結晶ですみたいな。
(信川) そういうことです。世界の優秀な人たちが使ってくれるというのは日本の成果にもなるので、いくらでも使ってもらって OK です。
(司会) よくメディアでは、「アメリカの NASA が・・・」と言いますが・・・。
(信川) そこが「日本の JAXA が・・・」ですね。そういう報道が世界中で。
(司会) なるほど。
(信川) 日本は 1980 年頃からこれまでに 5 台のエックス線衛星を打ち上げています。 それがことごとくいい成果を出しています。
(長尾) 完全に世界を引っ張っている。
(村主) 太陽も強くないですか?
(信川) 太陽もいいですね。ひので衛星とか。
(長尾) ぼくの専門である近赤外天文学は、 エックス線とは少し事情が違います。今でこそ、すばる望遠鏡を使って世界的な成果を続々と出していますが、すばる望遠鏡の運用が始まったのは 2000 年頃です。1990 年代に、すばる望遠鏡クラスの直径 8 メートルから10 メートル程度の望遠鏡が、世界的にいっぱいできました。それ以前は、その半分くらいのサイズの、4 メートルから 5 メートル程度の望遠鏡が世界最大クラスでした。その頃、アメリカとヨーロッパはそのサイズの望遠鏡を持ってたんですけど、日本はまったく持ってなかったんです。岡山にある口径 2 メートル弱くらいの望遠鏡が日本最大でした。そこから、4 メートル程度の望遠鏡を作るのをスキップして、いきなり世界最大クラスにゴーンとチャレンジした。それで日本は一気に世界と肩を並べる装置を手にした訳です。
(村主) 理論ではどこが強いとかあるんですか?
(小林) 理論は、どこが強いというよりは、 みんなそのカラーが違う。
(村主) それは国レベルで?それとも個人レベルで?
(小林) たとえばアメリカと日本とヨーロッパで考えると、それぞれ論文のクオリティはいずれも非常に高いんですけど、研究のカラーで見るとアメリカはちょっと即物的な傾向があります。日本やヨーロッパはあまり即物的じゃないものも許容されるような雰囲気があります。たとえばアメリカで重力波の研究にお金をつぎ込みましょうということが決まったとする。するとみんな重力波の方にバーッといってしまう。そういうときに、日本やヨーロッパはたとえば余剰次元の研究をしていると。そういう雰囲気なんですね。
(司会) へー。意外。
(小林) あと宇宙論では、アメリカは素粒子論にかなり近い宇宙論を研究している人が非常に多い。日本やヨーロッパでは、バックグラウンドが一般相対論の人が宇宙論を研究している、というのが多い。まあ細かいと言えば細かい違いなんですけど、かなりカラーが違う。国際会議もヨーロッパでやるときとアメリカでやるときで、発表内容の傾向が結構違っています。
(長尾) 伝統的には、惑星形成や星形成は、 京大の理論グループが世界的に見て非常に強いと聞きます。
(小林) 京大の天体核研究室の林忠四郎先生からの伝統で、そういう分野は非常に強いです。一方で、一般相対論の研究も非常に強い。それは天体核研究室の二代目、佐藤文隆先生になってからですね。
(村主) 一般相対論と核物理などを組み合わせたようなシミュレーション、たとえば星の重力崩壊などは、京都は本当に強いですね。
(小林) そうそう。そういう分野は、日本がかなり先進的。
(村主) そうなるともう日本がというか、特定のグループが、師匠と弟子がという感じですね。

宇宙人はいるか?
(司会) 宇宙関係の専門分野のお話をいろいろ聞いたところで・・・コアな話に行きますか。 単刀直入に、宇宙人っているんですか?

(長尾) 人間レベルの生命集団が、宇宙のどっかにいるって思うか、いないって思うか。
(司会) 実際のところどのぐらい可能性があるのかっていうのは、みんな気になってる話だと思いますね。
(小林) 人間レベルは分かりませんが、生命はまあいるでしょうねえ。どっかに、そりゃあ。
(長尾) ぼくはそう思ってますけど、他の人はどう思います?
(司会) 生命、の定義は何ですか?
(小林) ああ、そこから入ると難しい・・・。
(長尾) いや、なんていうかあんまり難しい意味じゃなくて、アメーバとか、ゾウリムシとか・・・。
(小林) バクテリアでも微生物でも、下等な生物でよければそれはまあ、当然いるでしょう。
(信川) これだけ広いから、人間レベルもいるんじゃないかと思いますけどね。
(長尾) ぼくもそう思いますけど。
(司会) いま、この瞬間にいる?
(長尾) いると思いますね。でも、宇宙のどっかに、ですよ。
(司会) 1000 光年以内、とか・・・。
(長尾) あ、そういうふうに区切りだすと途端に話が変わってきますね。
(村主) ぼくはそういう範囲でもいると思う派なんだけど、ひとつ自慢に思っていいのは、多分この 1000 光年とかこの銀河内とかでは、 我々が一番、今この瞬間には進歩している文明だと思う。
(司会) 空間的だけじゃなく時間的に見ても、 文明が存在する可能性は低いんじゃないですか。
(長尾) うん。たとえば、1 万年ぐらいしか存在しないとするじゃないですか、知的な生命体が。そうすると、まあ、地球ができてまあ簡単に 50 億年くらいとすると、50 億年分の 1 万って言ったら、50 万分の 1 ですよね。
(村主) そういうの、ドレイクの式というやつですよね。
(長尾) 仮に非常に悲観的に、我々の銀河の中に1回しか人間レベルの文明は登場しなくて、 それは1万年しかないって思っても、銀河は宇宙に 10 の 10 乗以上あるから、宇宙全体見たらワンサカ、みたいな気はするね。
(信川) そうですね。宇宙はすごく大きくて、 恒星だけで考えても、10 の 11 乗の、さらに 10 の 11 乗くらいあるから・・・。
(司会) 文明が存続する時間が短いことよりも、とにかく星の数が多いことが効いてくるんですね。
(長尾) 桁が違いますよね。
(信川) 人間がいることをどれだけ奇跡だと思うか。
(村主) そうなると、宇宙人は何でここに来ないのかなぁという・・・。
(長尾) 他の銀河から来るのは大変だもんねぇ。
(村主) なんか信号とかないのかなぁ、というのも気になる。我々より少し進んだ文明だったら、我々のことぐらいは気づいてるのかなあ・・・。
(司会) 1 万年ぐらいのスパンでしか存在できないんだったら、5000 光年以上離れたところとは交信できないですよね?
(長尾) まあ往復って意味では。
(村主) 文明の行先ってどうなのか、すごく興味があって。生命は一度生まれるとあらゆるニッチを埋めていくものだから、破壊的な大量絶滅があっても誰かが生き残ってきたわけですよね。悲観的な考え方をすれば、都市文明は 1 万年も存続しないかもしれないけど、一方で、 これだけ多様な生き方をしている人類が全滅なんかするのかなぁと。まあ、おごりと言えばそうなんだけども・・・。
(長尾) 恐竜は絶滅しましたね。
(村主) 恐竜は絶滅しましたねぇ。
(司会) あと、知的生物がいても我々のような文明があるとは限らないですよね。たとえばずっと狩猟採集時代のまま 1 万年、どころか何千万年続いてる星があるかもしれない。
(長尾) そのほうが長続きしそうな気がするなぁ。
(信川) うん、そうですね。
(村主) 文明の基準って、たとえば電磁波を通信に使えるとか・・・?
(信川) 宇宙人がいたとしても通信手段、コミュニケーションの手段が違う可能性はある。
(村主) せやな。頭の中で考えていることを電光掲示板に出せるような能力とか。
(司会) 告白するときも、好きです、って表示されるだけ。(一同)(笑)
(長尾) 情緒が!情緒がない!
(小林) すべてがばれるのは嫌だなぁ・・・。
(村主) 人類は 1 万年前と比べるとずいぶんと違った暮らしをしているので、あと 1 万年すると、たとえば、なんか・・・実体のない電磁波だけの存在とかになっている、あるいは 4 つの力以外の力をどんどん見つけて、我々には知覚できないような存在へとシフトしていくのかな・・・。
(司会) 『2001 年宇宙の旅』みたいな。
(信川) それは変わりすぎじゃない?
(村主) 変わりすぎやけど・・・。
(小林) なんか根本的に物理法則が変わってるような気がする。
(村主) 我々が知ってる物理法則を物理の全体だと思ってはいけないよ。
(長尾) うーん。1 万年後に人類がいる可能性のほうが低い気がするけどなぁ。
(司会) それどころか我々が生きてる間、文明が続くのかって・・・。
(信川) 50 年、100 年のスパンで、人類が大丈夫かっていう。
(長尾) ま、一人ぐらい生き残ってるんじゃないかな。
(信川) 一人ぐらいは。山奥でとか。
(司会) 我々が生きてる間に宇宙人と交信できる、と思う方はいらっしゃいますか ?
(長尾) ないと思う。
(信川) それはないんじゃないですか。
(小林) それはないでしょうね。
(司会) 村主さんは?
(村主) ちょっと奇跡か魔法でもない限り。
(司会) 一致しましたね。
(小林) 系外惑星を見て、それが大気でシールドされてるかどうかというのは分かるの?
(村主) そのスペクトルは見られるはずですよ。
(司会) 宇宙の生物を望遠鏡で見つける、みたいな話は?植物みたいなのが光合成していると、地表の反射のスペクトルに特徴が出てくるとか。
(村主) ぼくは大いにあると思ってるけど。あ、 草生えてる、って。赤外線をはね返してるかどうかっていうのは一つ、生命の指標とされてるよね。
(小林) 光合成をしているものがあるとスペクトルでわかる。
(村主) わかるんです。光合成に不要である、 波長の長い赤外線を捨てていることがわかるので。
(長尾) 今の望遠鏡だと難しいんですけど、もう一世代次の望遠鏡は、本気でそういう研究狙ってますね。
(司会) 何年後ぐらい?
(長尾) いくつかプロジェクトあるんですけど、 地上に据え付けるタイプの望遠鏡の次世代版は、あと 10 年以内ぐらいに動かしたいと思ってますね。30 メートル望遠鏡。
(司会) どれぐらいの範囲までカバーできるんでしょう?
(長尾) さすがに一個一個の惑星のスペクトルをとるのは、近場じゃないと難しいですけど・・ 。
(司会) ひょっとしたら我々が生きてる間に、 なんか草が生えてる惑星が見つかるかもしれない。
(長尾) それは見つかるでしょうね。意外と生命活動って他の星にもあるかもじゃん!みたいな。
(司会 ) じゃあ、いつかネイチャーに “Extraterrestrial Life Found(地球外生命体を発見)” みたいな論文が出る日も。
(村主) それはあると思うよ。
(司会) 期待が持てますね!今日は貴重なお話をありがとうございました。