シリーズ白眉対談01 数学(2011)
研究スタイル
(司)物理学などでは厳密に数学的に解くことができなくて近似的でも問題ないというようなこともありますが、数学的にはやっぱり近似というのでは納得しないのでしょうか。
(岸)近似するならするで、どの程度の精度でするかということが数学では問題になるのでしょうね。
(千)何をもって「わかった」とするかですよね。
(岸)近似で解けたことにするか、解けていないことにするか。実験などでは近似で問題ない場合があるとしても、そこで満足しないというところから始まるのが数学なのかもしれません。
(司)数学というと、非実学系の代表みたいな言われ方もよくされますが、何かの役に立つとかは二の次という感じですか。
(千)整数論のアイデアはたとえば暗号理論などにも必須になっていたりしますし、数学は社会で幅広く使われ役立っているとは思いますが、数学者自身は目の前にある問題を解決したいという欲求に突き動かされていますね。
(岸)山があるから登るというのと一緒かもしれません。
(司)数学者って孤独に研究しているイメージがありましたが、非常に多くのセミナーや研究会が開かれているみたいですね。
(岸)たしかに言われてみるとよくやっていますね。
(千)岸本さんは共同研究はよくされるのですか。
(岸)今は他の研究者とのつながりがあまりなくてそれほどやっていないのですが、これからは増えていくんじゃないかなと思っています。
(司)文献学系ではひとつのテクストを何人かで読んだほうが解釈の可能性もどんどん増えていくので、けっこうやるんですよね。
(岸)数学だと、同じところを別々に証明して、 いい方を採用しようというよりは、ここの証明は誰、そっちは誰みたいな感じが多いですね。
(千)役割分担がしっかり決まっていればうまくいくのですが、何となく一緒にひとつの問題を考えようっていうのは難しいですね。勉強会なども、誰かが板書して、それを他の人が見ながら流れを追っていくという感じですね。事前にペーパーを配布しても誰も読んでこないですし(笑)
(岸)何人かがホワイトボードの前に立って、 ああでもないこうでもないとわいわいがやがや議論をするっていうことは少ないかもしれませんね。数学の場合、ちょっとした発想の転換というか、ちょっと違う分野のアイデアを取り込むことですごい進展があったりするので、今後は違う分野の人と議論する機会を増やしていきたいですね。
(千)整数論っていろいろな知識を必要とするので、「数学の女王」って言われることがありますね。ある分野では難しく表現されるものが別の分野ではものすごく簡単に表現できたりすることもあって、分野間の翻訳をどうやってするかというのも数学の醍醐味ですね。
プレゼン
(司)千田さんは白眉セミナーでもホワイトボードで板書されながらの発表でした。
(千)十五分くらいだったら使いませんが、一時間とかあったら絶対に板書しますね。
(岸)私は一時間くらいだったらスライドでやってしまいます。たしかに、スライドだと聴く方が辛いかなとは思います。
(千)数学の式の展開って一気に頭に入れられないので、スライドでどんどん進まれてしまうとついていけなくなる可能性が高くて。 板書はたしかに大変なのですが、その場で考えながらの方が私自身は調子がでるというかノッてくるんですよね。
(岸)私は慣れてないので、板書するとミスが多くて・・・。千田さんは慣れている感じがして、板書の字も綺麗ですよね。私は板書すると字がどんどん右に下がっていっちゃって・・・
(司)数学者はきれいな字を書く人が多いのでしょうか。
(千)読めないような字を書く人はいっぱいいますよ(笑)それ何語?みたいな。
(岸)板書派の人はわりかしきれいだと思いますけど、ひどい人はひどいですよね。その人の癖を知っていないとまったく読めないとかありますし。
明るい未来?
(司)数学では予想や定理にはその発見者・ 提唱者の名前が付けられるのが一般的ですね。
(千)長い間解かれることがなく、かつ皆が面白いと思えるような予想を最初に示すっていうのはやはり秀逸なことだと思いますし、 それに対する敬意の表れでしょうね。たとえば有名なフェルマーの定理なんかも、昔からよく知られているのに、誰にも解けなくて。 その定理が解けたからといって、定理自体は現代数学にとって重要性はほとんどないものだと思われていたのですが、アンドリュー・ ワイルズという人は数学自体を大発展させることでこの定理を証明してしまいました。単発的で発展性はないと思っていたものが実は数学をものすごく発展させるもとになった。 その意味では、フェルマーっていう人は数学に大いに貢献したとも言えますね。
(岸) フェルマーの挑発的なメモのおかげで皆が必死になって取り組んだわけですしね
(笑)そして、証明の過程でワイルズがものすごい業績を上げて、そのおかげでもっとすごい予想にアタックできるようになっているわけですし。
(司)もっとすごい予想がまだまだあるわけですか。
(千)たとえば、最近解かれた「佐藤・テイト予想」なんかもすごいものだと思います。
(岸)数学ではミレニアム問題という有名な七つの難問があります。アメリカのクレイ数学研究所が 2000 年に、それぞれに百万ドルの懸賞金をかけて発表した数学上の未解決問題です。私の分野の解析に近いものだとナビエ・ストークス方程式の問題がありますが、 絶望的に難しいという印象です。深みにはまって他のことが何もできなくなるから若いうちは手を出すなと先生方は言われますが、こういうものは変わり者がなんとなく解決してしまうのかもしれません。
(司)その七つの問題が解かれたとしても数学界にはまだまだやることはたくさんあるわけですか。
(千・岸)当たり前ですよ~
(千)個人的にはミレニアム問題がひとつでも解ければもちろんうれしいですけれども、あれが解けたくらいじゃ数学は終わりませんよ。 まぁ、大問題だけ残って何の進展もなくなったり、今までの成果を一通り身に付けるのに膨大な時間がかかってしまったりするなんてことが起こるかもしれませんが。
(司)かといって、中学生くらいからみんなが高度な数学を学び始めるのも無理ですし、そんなことしたら数学嫌いが増えて数学を志す人が減ってしまうかもしれませんね。
(岸)実際には京大では数学志願者はむしろ増えているようですね。数学では定期的に大問題が解かれて話題になりますし、最近は数学者を扱ったドキュメンタリーや映画のおかげかもしれませんが。
(千)数学という分野ではこれからもやることはたくさんありますから数学を志す人が増えてほしいですよね。
(岸)やることがありすぎて困ることはあっても、なくなることはありえないでしょうね。 その意味では、数学というのはこれからも挑戦しがいのある魅力的な分野であり続けると思います。
