シリーズ白眉対談01 数学(2011)
きっかけ
千田 雅隆、岸本 展(司会・編集: ニューズレター編集部)

(司)センター紹介の一環として対談企画をおこなうことになり、初めての今回は数学を専門とするお二人にきていただきました。千田雅隆特定助教は第一期白眉研究者で代数が専門で、現在の研究テーマは「ガロア表現の変形と保型 L 関数の特殊値の岩澤理論的研究」です。岸本展特定助教は第二期白眉研究者で解析が専門で、現在は「非線形分散型偏微分方程式の初期値問題の適切性と解の挙動」について研究しています。それではさっそくですが、数学者になりたいと思ったきっかけなどから教えてください。
(千)小さい頃は天文学者になりたいと思って天文学関係の本を読みあさっていました。そこに出てくる数式や記号に興味をもって調べているうちに、数学の魅力に取り憑かれてしまったという感じです。数式が分かってくると天文学も分かってきまして、大学に入って天文学の講義も受けたのですが、知っていることばかりで数学ほど興味は持てませんでした。それに対して、数学は知れば知るほど面白くてピュアな学問だという感じがして惹かれていきました。
(司)その頃から数学は得意だったのですか。
(千)高校の数学はむしろ苦手でした。私はマセガキで、高校の時から大学数学に興味を持って、『数学セミナー』を取り寄せたりしていました。高校の時は気仙沼市の大島という離島から船で本土の高校へ通学していたのですが、その船の中で読みふけっていました。 理解できなくても、雰囲気とかノリを楽しんでいました。そのような中で、整数論のところがほとんど唯一理解可能な言葉で書かれていて、自分でもやってみたいなと思ったのが、 数学の中でも代数という分野を選んだきっかけのように思います。こんな感じでしたので、 高校の数学の授業の内容には興味が持てなくて、大学生になってやっと求めていた数学に巡り会えた気がしました。
(司)高校生までと大学で数学ってガラっと変わりますね。
(千)高校でやる数学も今から思うと大切でしたけど、大学に入ってテストの点とか考えずに落ち着いて数学について考える時間ができたっていうのは嬉しかったですね。高校までの数学だと結局は他人が見つけたルールを覚えるだけですけど、数学の醍醐味はそういうことじゃないですから。教わった定理がすぐに頭に入っちゃうような頭の回転の速い器用タイプは数学には向かないのかもしれません。
(司)千田さんは科学少年だった感じですね。
(千)いや、こうみえても高校生の時はテニス少年で朝から晩までテニス漬け。勉強なんて全然しなくて。天文学とか数学は勉強というよりも、面白いから調べるっていう感じでしたね。
(司)岸本さんはいかがですか。
(岸)私は高校まで数学はわりと得意だったと思います。もっとも、千田さんのように大学数学を先取りするというようなことはなかったです。高校の時、知り合いが大学の数学に関する本をくれたことがあったのですが、 高校の数学の方が楽しくて、それで満足していました。そのままの勢いで大学に入ったら、 ε – δ[イプシロンーデルタ]という基礎的なのにすごく難解な概念があり、そこでつまずきました。ただ、今さら数学をやめるわけにはいかないと(笑)
(千)あれは難解で、私も何を言っているのか理解するのに一年以上悩みました。数学っていうのは教えられてわかるものではないので、自分で悩んで苦しんで会得するしかないですし。
(岸)ある意味ではスポーツと一緒かもしれません。身体の動かし方を本で読んで知ったからといっても、そのスポーツができるわけではないですし。
さまざまな数学
(司)隣接分野でもほとんど会話が成立しないという領域もありますが、数学では共有している知識体系がかなりあるように思えるのですが。
(千)研究自体は非常に細分化されていますが、ある段階まではみんな同じような内容を一通り学ぶので、お互いに話していてまったく通じないということはあまりないかもしれませんね。ただ、専門外の人にはある程度分かりやすいように話すようにしてはいますから、そのあたりは別の分野でも同じかもしれません。
(岸)私のやっている解析と千田さんのやっている代数では手法などもかなり違っていますし、専門的なところはやはり理解するのは大変ですね。分野ごとの違いといえば、記号や数式にもそれぞれの分野の特徴が現れているようなところもあって面白いと思います。たとえば、解析の論文では不等号が多いけど、 代数の論文には等号が多いという印象があります。
(司)分野によって研究者の雰囲気とかも違ったりするのでしょうか。
(千)印象論ですが、整数論などは数学オリンピックとかで有名な人が多いっていう感じはします。
(岸)解析は、大学入学後も数学を専門にすることを決めずに悩んで最終的にきましたっていう感じの人がわりといるイメージがあります。解析は高校では習わない内容が多いので、高校の時から興味をもつというよりも、 大学に入って勉強しているうちに面白くなってくるという感じなのかなと。
(千)岸本さん自身はいつ頃、解析を専門にすることを決めたんですか。
(岸)学部三回生の時に授業を一通り取ってみて、解析が一番面白かったからですかね。一番得意で成績が良かったというのもありますが、教わった先生に惹かれたっていうのもあります。大学院での指導教員で現在の受入教員ですが。
(千)その授業ではどのあたりをやったのですか。
(岸)解析だとルベーグ積分とかです。
(千)ルベーグ積分は私もかなり好きでしたね。私は東北大で堤誉志雄先生に習ったのですが、すごい面白い授業でした。
(岸)え?私が受けたのも堤先生の授業です。 そうか、東北大から移られたのでしたね。
(司)魅力的な先生っていうのは、ただ分かりやすい講義をするとかではないのでしょうね。
(岸)たとえば、何か質問したとき、分かりやすい具体例をいくつも出してくれるような先生はやっぱりすごい人だなと思いますね。
(千)個性が溢れ出るというか、何か滲み出るものがあって。何言っているのか分からないので、良い教育者っていうのとは違うのかもしれませんが。
数学の論文
(司)論文はどのように書かれるのでしょうか。
(岸)私はイントロを書くのが苦手で、まずは本体の証明を一気に書いてしまったまま何カ月も放っておいてしまうという感じで・・・。 ところで、千田さんはどれくらいの長さの論文を書くわけですか。
(千)ものによりますけど短いと五ページくらいから長くても二十ページくらいですかね。
(岸)私は三十ページ前後になることもあって。
(千)けっこう書きますね。
(岸)まだ慣れてなくて、丁寧に書くというか、 どこを削っていいのかわからないこともあって・・・
(千)丁寧な方が読む分にはありがたいですけどね。専門家だと削ってしまっていい部分っていうのが分かっていますが、分野がずれると、まさにそういうところでつまずきますね。
(司)査読を依頼されたりしたら、自分で書くのとは違った大変さがありそうですね。
(千)はい。一般に証明は細かいパートに分かれているのですが、それでも他の人の書いた証明を理解して追っていくのは大変ですね。
(司)証明の過程でひとつ間違いが見つかったらそれでもう全体がダメになってしまうのですか。
(岸)簡単に直せると思ったら、そこまで不利な扱いはせずに修正を依頼します。
(千)困るのは、証明が必要なはずのところが当たり前みたいに書いてあったりした時で、そこをちゃんと説明してほしいなぁって(笑)
(岸)一番難しいところを当たり前ですませている論文って結構ありますね。