魚眼レンズ:サカナから社会について考える(佐藤 駿/2024)
第13 期 特定助教(理学研究科) 佐藤 駿
私が白眉センターに着任して、約一年半が経過した。去年度も、調査地であるアフリカから白眉Newsletter にフィールド研究に関する拙文を寄稿したが、今年も例に漏れずアフリカで本項を書くこととなった。このような機会を私に提供し、編集作業をしてくれた吉野博士をはじめとする14 期の白眉メンバーの皆様にこの場を借りて深く御礼申し上げる。さて、私は修士課程一年からアフリカの古代湖であるタンガニイカ湖でカワスズメ科魚類の生態をSCUBA 潜水による野外調査により明らかにしてきた。私の専門は社会生物学・行動生態学、多くの読者の方々にとって馴染み深い分野ではないだろうが、動物の行動を研究対象とする学問のなかでも、特にダーウィニズムや適応主義の影響を強く受けた分野である。本稿ではタンガニイカ湖産カワスズメ科魚類の行動生態学的な研究について紹介する。
私の調査地であるタンガニイカ湖は大地溝帯上に形成された古代湖(図1)であり、その大きさは約32,900 km²、四国の大きさが18,800 km² であることを鑑みれば、いかに大きな湖であることがわかるだろう。そしてこの壮大な湖には、250 種以上のカワスズメ科魚類が生息している。これらの固有種は数種の祖先種から爆発的な種分化を遂げ、それぞれの種ごとに多様な色彩・形態を獲得した(図2)。また、タンガニイカ湖産カワスズメ科魚類の多様性は形態や色彩だけではなく、その社会や子育て様式まで及ぶ。タンガニイカ湖産カワスズメ科魚類は、一夫多妻や一妻多夫、複婚といった様々な配偶システムをもち、これは脊椎動物で確認されたすべての配偶システムのパターンを網羅していると言われている。また、我々ヒトのように、タンガニイカ湖には魚類の中で唯一グループで子育てを行うカワスズメ科魚類が生息しているのだ。


このようにグループで子育てをすることを生態学においては、協同繁殖(Cooperative breeding)と呼ばれる。通常の魚類の子育てとは、親魚が卵や稚魚を保護することだ。しかし協同繁殖種の場合、親魚に加えて、子育てが終わっても巣に残留し続けている成長した子供や、全く見ず知らずの個体(ヘルパーと呼ばれる)が繁殖グループに加わり、捕食者から稚魚を防衛したり繁殖巣の掃除、動くことができない卵や稚魚に水を送るといった方法で、子育てを手伝うのだ(図3)。

近年の野外研究により、タンガニイカ湖産カワスズメ科魚類の協同繁殖における飴と鞭で維持される絶妙なヘルパーと繁殖個体の関係が見えてきた。ヘルパーが仕事をサボると、繁殖個体はヘルパーを口で突いて罰を与えるというのだ。一方で、繁殖個体はヘルパーが仕事をする限りにおいては巣の滞在を許容する。この関係はPay-to-Stay 仮説(日本語訳するならば家賃仮説とでも呼ぶべきだろうか)として支持されている。また、系統樹を用いた進化解析では、タンガニイカ湖の協同繁殖は体サイズの小さな分類群から平行に複数回進化したことがわかってきた。つまり、タンガニイカ湖のシビアな捕食圧に対する適応として、彼らはグループで繁殖するという社会システムを獲得したのだろう。
社会の複雑化はどのようにして発生し、どのような帰結をもたらすのか。ヒトから遠く離れた魚類こそがその答えを提供してくれるかもしれない。